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zoom RSS 死後の世界とテレビ番組による楽しい演出

<<   作成日時 : 2013/11/30 01:56   >>

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「脳神経外科医が見た死後の世界」ということで、「プルーフ・オブ・ヘヴン」という本が少し前に出ています。
東大病院の先生が死後の世界を書きまくっていて、その本を検索していると引っかかった本です。パラパラ見た後放置していたのですが、この本を題材とするテレビ番組が放送され(「奇跡体験!アンビリバボー」2013年11月28日)、録画して見ました。
なかなか楽しい本と番組です。

プルーフ・オブ・ヘヴン
早川書房
2013-11-29
エベン・アレグザンダー

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本のオビによると全米200万部突破!ということで、相当売れているらしい。
著者は脳神経外科医で、死後の世界なんか信じていなかったらしいのですが、治ることがほとんどない細菌性髄膜炎に罹り、1週間昏睡状態の後、奇蹟的に回復したのはいいが、その昏睡状態と思われる期間に希有な体験をして、死後の世界を信じる派に転向したというお話です。

テレビ番組によると、「日本初の独占取材」ということでしたが、ほとんど本に書いてある内容を再現ドラマ風に編集したものでした。




脳神経外科医ですから、自分が病気になる前から、患者さんから「臨死体験」と思われる話を色々と聞いています。
信じていなかったらしいが、その辺は本当かどうか分かりません。

著者が語る昏睡状態のときの「臨死体験」はありふれています。
新しい話はひとつも出てきません。
同様の話はいろんな本に書かれており、おそらく著者自身も患者さんからだけでなく、いろんな機会で読んでいるはずです。

誰もがよく似た体験するのにはそれなりの理由があるでしょう。
死後の世界があるんだから、それを見ただけだ、逆に言うと、みんなが似た体験することが死後の世界の証明になる、という話や、
いやいや、誰もが体験するというのは単なる脳内の生理現象だからこそであって、人間なら普通に体験するはずのことで不思議なことではなく、死後の世界を持ち出さなくてもよい、という話まで、いろいろあります。

ともあれ、著者が「臨死体験」を経験してしまったものだから、それを説明するために、あれこれ考え、1週間の昏睡状態中のデータもたくさんありますし、それを読み取る能力も持っておられますから、あれこれ専門家の立場から考えた結果、さらには、途中から似たような体験記を読んだことにより、著者が納得いく物語を築き上げたわけです。

その結果が、天国や死後の世界。


なぜ、その解釈として死後の世界に結びついたかは、本でも番組でもそれなりに示してあるわけです。
別段死後の世界を設定しなくても説明できそうなものですが、そう結論が出てきてしまえば、それが事実なんだという話になってしまったようです。

著者は慎重に科学的に(科学者とはいえない)思考したといっていますけど、昏睡状態から覚めた瞬間から昏睡状態時の体験を考察したわけではなく、初めは意識がもうろうといていて、言葉も記憶も不自由していて、錯乱していて、きちんとした思考もできないわけで、当然ながら脳神経外科医としての知識も失っていたわけです。
ところが、本を書いた時点までには、跡づけとも思われるあれこれ情報が付加されていますから、それらを総合しての納得のいく物語を築いた、としかいえないような話が書かれているわけです。

著者が言うところの臨死体験、見たり聞いたり(感じたり)した「記憶」なるものがいつ想起され、いつ認識されたかでしょう。
少なくとも覚醒直後は著者も言うように言葉も記憶も認識も失っていた。
テレビ番組のように、覚醒直後から論理的に筋が通った話ができたわけではない(ここにもテレビ独特の演出がある)。


もちろん、自分が自分だと思っているその本体の自分が何か、そんなものは誰にも分かりません。たしかに今考えている自分というのがあるのは確からしいが、それを説明しろといっても、それはできない。
そもそも、説明するにはイメージだけでは不可能で言語が必要です。
その言語をどうやって操っているのかから説き起こさないといけないわけですから、至難の業でしょう。

「昏睡状態で見たり聞いたりした記憶」というのは、いろんな意味で矛盾した概念なんですが、それが実際あるとして説明するため、いろんな無理が生じています。
そのへんを著者がどう折り合いを付け、納得し、説明しているかを追っていくのも、なかなか楽しめます。
昏睡状態での体験と、覚醒した後の体験や他人が書いた諸々の似たような体験記などを、何度も何度も反芻することにより、どうやって著者のいう「死後の世界」が出来上がってきたのか、単純に信じただけの人や民俗的に繰り返し聞かされていた環境の人たちの体験記とは違って、その道筋がそれなりに論理的にたどれるのはおもしろい。

助言により、一応他人の臨死体験を読まず、自分の体験を純粋に考察しようとしていますが、結局は、本を書く時点までに、類似の体験本などは読みまくっています。




番組でおもしろかったのは、死後の世界なんかじゃなく科学的な観点から反論を著者にぶつけるというコーナーがあって、なぜか日本の研究者が出てきて、大脳辺縁系、脳幹、再起動現象などのキーワードから、それそれ解説した後、著者にその疑問をぶつけ、著者の反論を聞いてるシーンがあります。
日本の科学者はピエロ役の可愛そうな立場になっちゃうわけですが、3つとも著者はあらかじめ検討していますし、本にも書いてあります。
本の内容からシナリオを作って「独占取材」したんでしょうけど、なんだかかなぁ、この辺は演出ということでいいのか?

著者が死後の世界を確信するのは、よくあるパターンですが、死後の世界と思われるところを浮遊しているときに、みたことのない人が隣にいて、やさしい言葉で語りかけてくれる(もちろん文字通り言葉を聞いたというわけではなく、感じただけ)、という経験があって、その女の人が誰か分からないわけですが、生還後しばらくして、生前、一度も会ったことのない実の妹(著者は出生後すぐに養子に出ていて、血のつながったその妹には会ったことがなかった)の写真を見て、びっくりするわけです。その妹は実は既に死んでいて、ということは、死の直後、死んだ肉親に会うという話がよくわるわけですが、それを体験し、やっぱり死後の世界はあるんだ、と確信するわけです。

その写真を見る過程や写真そのものが本とテレビ番組でかなり違います。その辺は劇的に見せるためのテレビがお得意の演出でしょう。
テレビでは自宅の郵便ポストに投函されていた手紙の中から写真を取り出し、その場で死後の世界で見た隣の人がその実の妹だと悟り、驚愕します。ご丁寧にも、あいだにコマーシャルまで入れています。

著者が16歳の未婚の母から生まれたのは1953年。
1998年に実の妹が他界。
著者が実の両親やもうひとりの妹などに初めて面会したのが2007年10月。
著者が倒れるのは2008年11月。

しかし、本によると、退院してから4ヶ月後、面会したことがある実の妹から死んだ実の妹の写真が送られてきて、その大きな封筒に(テレビでは普通の写真が入る程度度ぺらぺらの小さな封筒)額縁入りの写真が入っていました。
それをベットルームで開封する(テレビでは自宅の郵便ポストの前)のですが、その時にはその顔が例の臨死体験中の隣の女の人とは思わないわけです。
ところが、その次の日(くどいですけどテレビでは自宅の郵便ポストの前で開封した瞬間に例の女の人と認知)キューブラー・ロスの「死後の世界」の中にある、

「臨死体験をしたが最初は両親にもその話を打ち明けなかった十二歳の少女の話が出てきた。やがて少女はそれ以上黙っていられなくなり、そのことを父親に話す。愛が溢れ出すすばらしい場所へ言ってきたと語り、お兄さんにも会えたから安心できた、でも不思議なのは「私にはお兄さんがいないことなの」と少女が言うと、父親の目に涙が浮かんだ。「じつはお前には兄がいたんだよ。お前の生まれる三ヶ月前に亡くなった兄が」と父親は少女に教えたのだ。

という臨死体験記を読みます。くどいですが、額縁入りの写真を受け取った次の日です。
そこで、その本を読んだ同じベッドルームに置いてある額縁入りの写真を見て、ゆるゆると焦点が合いだし、しまいには確信するわけです。
あの女性が妹だ!
この過程はおもしろい。
結局こうやって、昏睡状態の体験が後付けによって死後の世界に昇華するわけですね。

さらには、テレビのイヤらしい「劇的な演出」も、新たな都市伝説を作り出す原因だという例証にもなっていておもしろい。
本の通りなら劇的な効果が得られませんから、過激な演出がないかぎり視聴者に与えるインパクトに乏しい。
テレビ人は単に演出だと思っているでしょうし、いつものことだから悪いとも思っていないでしょうけど、この演出が一人歩きすることで、せっかくの題材がぶちこわしになり、ウソ話に化けてしまいます。
せっかく著者が控えめに「事実」を語っているのに。

ついでに、この劇的な「演出」を受けて、視聴者代表という立場らしい番組の進行役などの芸能人達が鳥肌が立ちまくって、おきまりのステレオタイプで感激したり、というやりとりも、楽しめます。 

でも、おそらく、「ビブリア古書堂の長い髪の栞子さん」は嘆いていらっしゃると思いますよ。




結局、大切なのは何か、という話で、神の愛が出てきます。
まぁ普通です。
「LOVEだねぇ」という「東京バンドワゴン」の決めぜりふじゃないですけど、これを言われるとおしまいです。後が続きません。
単にいい話で終わってしまいます。

著者は、おきまりのように、量子力学や意識のハードプロブレムや超常現象や超能力や暗黒物質やプラシーボ効果やヘミシンクなどに行き着き、物質世界を否定、拒絶し、霊的世界にどっぷりはまって行きます。

もちろん、前出のキューブラー・ロスだけでなく、レイモンド・ムーディー、ロバート・モンローなども登場します。
テレビのシメはなんとニコラ・ステラだ! いやはや。

著者は、脳が介在しない精神世界を信じ、それが全世界とつながっていることも確信します。
全知を超える神をみたといい、みただけでなく神とやり取りしたと信じ、神の創造的な本源を確信し、神の深い愛の中に浸りきってしまいます。

それはそれで、幸せなことなのでしょう。




少し古いですが、「奇蹟の脳」も楽しめます。
こちらは「脳科学者」(なんていうと、日本のもじゃもじゃ頭の脱税王しか思い浮かばないので、いい言葉ではないでしょう、っていうか、そんな学者いるの)が「脳卒中」になって、そっから復活してあれこれ考えたという本です。

奇跡の脳
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ジル・ボルト テイラー

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