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zoom RSS 魚は傷みを感じるのか? 「動物の福祉」「魚の福祉」

<<   作成日時 : 2012/09/06 02:01   >>

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「魚は傷みを感じるのか?」
答えは1ページ目から示唆されています。
というか、読者はとっくに知っているだろうとの前提で書かれています。
このブログを書くのに、この答えをどう書こうかと迷いましたが、
書かないと話が進みませんし、いずれわかりますから先に書きます。
魚は痛みを感じている。
そうすると、「魚の福祉」が問題になります。
釣りや漁や養殖など、あらゆる現場で魚の傷みをやわらげたり傷まないようにしたりといった
配慮が必要になります。
必要か必要でないかという話ではなく、どのように配慮すべきかどうかを論じています。


魚は痛みを感じるか?
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著者はアメリカの人ですから、日本の話題は出てきません。

日本の首相は領土問題の記者会見の場(2012年08月25日各紙)で、

「まず初めに、我が国は、世界に冠たる海洋国家であることを確認したいと思います」

と述べています。

日本人が食べる魚の量や種類は豊富です。
資源の枯渇や絶滅も報じられています。

料理人はウナギに麻酔をかけず生きたままさばきます。
家庭で魚介類を生きたまま熱湯に入れて料理することもあります。
魚介類を生きたまま「おどり食い」することもあります。

彼らが痛みを感じているのであれば、そして苦しんでいるのであれば、これらの行為は野蛮であって「福祉」にも「倫理」にも反します。

あるいは、この本でよく出てくるのは、釣りです。
趣味やスポーツフとしての釣りとも関係してきます。
釣り針にかかった魚は痛がって悶絶しているのだとすると、、、




このように、「傷み」は、純粋に動物生理学的な問題だけでなく、動物の福祉、倫理、そして、動物の解放とも関わってきます。

「動物の解放」のシンガーらの活動は家畜や実験動物などの解放運動でした。
対象は牛、豚、羊などの哺乳類、鶏などの鳥類です。
実験動物としては霊長類や齧歯類などが対象です。
これらは哺乳類です。

これら動物が対象として選ばれた理由は痛みを感じるかどうかです。
感じるのなら、配慮が必要だろうという論理です。

さらに言うなら、生まれつつある人、死にゆく人、障害のある人との比較まで行っています。彼らに配慮するのなら、それ以上の情動を持っている動物に配慮しないのはおかしいと。

この運動は比較的新しいのですが、高等学校の教科書に必ず登場し、センター試験の問題になるほど有名なベンサムの思想の影響を受けています。
○2012大学入試センター試験 ことしも興味深い問題がありました
http://yoshibero.at.webry.info/201201/article_2.html

一般的に、痛みを感じているだとされている動物は先にあげたように哺乳類、鳥類だけです。魚類は含まれていません。
人間は哺乳類や鳥類だけでなく魚類も食べます。
漁で捕獲しますし、養殖もします。
魚も痛みを感じるのであれば、哺乳類や鳥類と同様、魚類にも動物の福祉を考える必要があるかもしれません。

あるいは、魚だけでなく、エビやイカやタコはどうなんだとなります。




世間では、動物に魂はあるのかどうかとかが重要な問題だと感じている人もいるようです。
そんなことはどうでも良いと、あるいは、そもそも問題ではない(解答は得られている)という人もいます。
以前、「動物に魂はあるのか」という本を取り上げました。
○動物に魂はあるのか 動物に「うつ」はあるのか
http://yoshibero.at.webry.info/201208/article_14.html
ここでいう「魂」が何か不明のまま語られているわけですが。
もしこれが「情動」や「意識」や「心」だとするなら、この問はすでに色あせてしまいます。

人の意識、情動などはそれなりに研究することはできます。
しかし、動物と言葉によるコミュニケーションはとれませんから、動物の情動は言葉とは別の方法で探る必要があります。

霊長類やイルカ、イヌ、齧歯類などを使って、多くの研究の積み重ねがあります。
その方法論を使って、魚にも同じことがいえるかどうかを調べています。

著者らにより、どのような実験でどのような根拠で「傷み」を感じていると結論されたのか、わかりやすく書かれています。マスコミとの対応を含む舞台裏などもおもしろい。
他の研究機関による追試もされています。

結果として、魚は痛みを感じています。

多くの人は、不快な心的経験をもたらす感情を生む能力である感覚力の形成には、意識が必要なので、意識をもつ動物のみが苦しむと考えている。魚が苦しむ能力をもっちえるかどうかを知るには、魚が感情を経験する意識的な動物なのかどうかを問う必要がある」(p110)

と、かなり踏み込んでいます。

そして、魚でも情動を経験することが確認されています。
だからこそ、魚の福祉も考慮する必要性が出てきます。
これは軽い結論ではありません。

驚くべきことに、魚におけるその能力は人間の新生児や早産児(未熟児)以上のものだという。
そうなると、シンガーらの「動物の解放」や「パーソン論」論者のいやらしい主張を受け入れるなら、人間の新生児における福祉や倫理が当然なのであれば、新生児以上の情動を示す魚類を含む動物に対し同様の福祉や倫理が適応されるべきだという話になります。




次に問題になるのは、では、無脊椎動物ではどうなんだろう、という疑問です。タコやイカはどうなのか、ロブスターや伊勢エビやタラバガニはどうなのか、あるいは、昆虫は、カタツムリは、ゴキブリは、蚊はどうなのか?
無慈悲に殺していいのか? 痛みに配慮しなくていいのか?

もし傷みを感じたり情動が認められるのであれば、彼らにも福祉が必要なのだろうか?


少なくとも哺乳類、鳥類、魚類は苦しみを感じる能力を持っており、すなわち情動的な感情も持っていることがわかっています。だからこそ、動物福祉の考えが出てきました(魚類はこれから)。

無脊椎動物による傷みの実験もかなり進んでいます。
しかし、著者によれば、これらの結果はまだまだ結論するには不十分ですが、どちらかと言えば、今のところ痛みを感じているという積極的な証拠は得られていないようです。

無脊椎動物での数々の実験結果が示しているのは魚類と無脊椎動物の結果には大きな隔たりがあることで、そのことからも魚類のデータは哺乳類や鳥類などのデータと同じグループに属することが再確認し補強されたとしています。




日本には「動物の愛護及び管理に関する法律」(「動物愛護管理法」)という問題の多い法律があり、「みだりに殺し又は傷つけ」たり、「みだりに給餌又は給水をやめることにより衰弱させる等の虐待を行った場合、あるいは遺棄した場合」に、懲役や罰金の罰則が定められています。

この罰則の対象となっている「愛護動物」は「牛、馬、豚、めん羊、やぎ、犬、ねこ、いえうさぎ、鶏、いえばと、あひる、その他人が飼っている哺乳類、鳥類、爬虫類」となっています。
○動物愛護管理法(環境省)
http://www.env.go.jp/nature/dobutsu/aigo/1_law/index.html

この本を読んでしまえば、動物「愛護」という表現がいやらしいものに感じてしまいますけど、国会が通してしまったのでしかたがありません。
「愛護」の対象となる動物は哺乳類、鳥類、爬虫類であって、その中に魚類や無脊椎動物は含まれていません。

「世界に冠たる海洋国家」を自認し、大量の魚資源を消費する日本ですが、魚の福祉に関心が高そうには見えません。
著者は魚の福祉の法規制などにはまだ時期尚早との立場を取っておられますが、いずれ何らかの対策が必要になるかもしれません。

(学校教育における「フナの解剖」は消えて久しいようですが)

ちなみに、江戸時代、徳川綱吉による「生類憐みの令」では、犬などの哺乳類や鳥類以外に、魚介類や虫も含まれていたとされています。
お寺の「精進料理」に対する魚の位置づけもおもしろい。


「魚の福祉」について、一つの考える材料として、釣りについてかなり詳しく書かれています(第7章)。
魚の福祉の成果の一つに、返しのない釣り針、痛みを感じにくい釣り針が使われるようになっているそうです。
そもそも、趣味やスポーツとしての釣りそのものに非難の目を向けられるようにもなっています。




傷みとは直接関係ないことですけど、動物の分類についてもおもしろいことが書いてあります。
一般的には、哺乳類の中でも霊長類が高等な生物で、鳥類、魚類、脊椎動物になるにつれて下等な動物だとの認識があります。

それはおかしいと過去に書きましたし、ここでも誤解を生じる表現は避けています。
○化石の分子生物学 現在生きている全ての生物は進化の産物であり、なれの果てだ
http://yoshibero.at.webry.info/201208/article_16.html

著者も魚類を研究対象としているからか、高等・下等の問題には敏感です。

生物学者はときとして、進化の歴史のなかでより古い起源をもつ動物に言及する際には、「より低次の」、あるいは「原始的な」などの表現を用い、より細菌の進化の歴史のなかで登場した動物に言及するときには、「より高次の」、あるいは「現代の」等といういい方をしてきた」(p189)

これは普通にみられる表現ですが、わかった上で言っている分にはいいとしても(文脈によっては生物学者も使う)、進化を誤解したまま使うととんでもないことになってしまいます。

少なくとも「高等生物」や「下等生物」といった表現は適切ではなく、また、これらの表現から魚類は哺乳類と比べて下等な生物である、という誤解に結びついてしまいます。


一般には「魚は億年の単位の古い時代からいるが、ヒトは生物の歴史からみて最近誕生した」と思われています。
そして「最近誕生した生物が高等で古くからいる生物が下等」だとも信じられています。

しかし、そうだとすると、先に見たように犬はヒトより高等だということになります。
○犬はあなたをこう見ている 最新の動物行動学でわかる犬の心理
http://yoshibero.at.webry.info/201209/article_1.html
あわてて補強しますが、ヒトの方が犬より高等なのにおかしいぞ、といいたいのではありませんよ。念のため。誤解がないように。

そもそも種(しゅ)としての出現の時期で高等・下等を言うのはおかしいという話です。
魚類の多くの種(しゅ)は、我々ヒトと比べても変わらないくらい新しい生物種です。


これら生物の高等・下等の問題と同じように好き嫌いの問題も大きい。
この点はこの本ではあまり触れれられていませんが、クジラやイルカは高次なコミュニケーションをとる高等な生物であって、なおかつこれらの生物が好きだと公言する人たちが、暴力的な手段で合法な行為を妨害する団体がいます。

彼らの論理では、我々の好きな動物を殺すのはけしからん、ということのようですが、これらの団体が所属する国の首相まで暴力的破壊行為を容認していますから、手に負えない。

その国では、農作物や牧草を荒らす害獣だからという理由で、「年間300万頭余の野生のカンガルー」を撃ち殺しています(インターナショナル・ヘラルド・トリビューン紙)。

高等・下等、好き嫌いは人間の都合で恣意的に決められただけです。

この暴力集団と長年闘った捕鯨調査船の団長自身が本を書いています。
「クジラは海の資源か神獣か」
本来ならクジラの専門家とし20年13回も南極海を往復して調査の現場に関わった人てですから、クジラの生態などを詳しく書いておしまいのところ、問題の調査船団長をしていたという立場上、触れないわけにはいかないので、怒りも込めて、しかし自重して生々しい現場を調査団長という責任ある立場の人でないと書けない報告を読むことができます。

クジラは海の資源か神獣か (NHKブックス No.1172)
日本放送出版協会
石川 創

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