やさしいバイオテクノロジー

アクセスカウンタ

zoom RSS 仏教の立場? 無神論・無霊魂論

<<   作成日時 : 2012/07/07 23:43   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 1 / コメント 0

科学的にも哲学的にも死や死後の世界は語ることができます。
困難であっても、無理ではありません。
宗教、特に仏教の立場だと、「無記」とか言って逃げていても、
それでも霊魂や死後の世界を認める立場で論じています。
ところが、今回紹介する本は、禅宗の僧侶にもかかわらず、
死後の世界はない! 霊魂もない! 
デカルト的二元論も間違い!
と痛快きわまりない。

脳科学や哲学の立場はこのブログで何度か書いてきました。
これからも書く予定です。

ここではこの痛快な本の内容のみ紹介します。
凄く古い本ですけど、内容的には古くない。


誤解された仏教 (講談社学術文庫)
講談社
秋月 龍a

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by 誤解された仏教 (講談社学術文庫) の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル



講談社学術文庫として2006年に出ています。
この本の元本は「誤解だらけの仏教」で1993年に出ています。
さらに、元本もある雑誌に1年半近く連載されたものに手を加えた本ですから、平成の初め頃の時代背景として読む必要があります。

著者は1921年生まれ、鈴木大拙の弟子で西田幾多郎哲学を実践した臨済宗の僧侶で、曹洞宗の道元の本もたくさん書いておられます。

著者は、「仏教=無神論・無霊魂論」を主張しておられます。
葬式仏教やお墓での怪談話に馴染んでいる人にはにわかには信じられないでしょうけど、元々のお釈迦さんの頃の教えでは、唯一神という概念も霊魂という実態もなかった、というものです。当然の帰結として、死後の世界という概念もない。だから輪廻もない。

以前、恐山の住職代理の本を紹介したとき、お釈迦さんは死後の世界や霊魂について「無記」を貫いていたという話を書きました。あるともないとも書かない、言わない。どちらを言っても正解じゃないから。ちなみに、このお坊さんは曹洞宗です。
○恐山 死と死者 妖怪
http://yoshibero.at.webry.info/201206/article_28.html

この秋月本にも同じ話がチラッと出てきます。たとえば、p55で、

仏陀は、「<霊魂>はない」といったのではない。実は<有る>とも<無い>ともいったのではない。「私にはそんなものは問題でない」といわれただけである。

それよりさらに踏み込み、「後有(ごう)を受けず」という釈迦の言葉を重視します。

悟ったら、もう輪廻の生死は解脱しただから、わたしはもう後有(死後の存在)は受けない(p20)

悟り抜きの輪廻転生説はニセ仏教だということになる。

「もはや後有を受けず」だけで、輪廻を否定するのはちょっといきすぎだと思いますし、もうちょっと根拠を示して欲しいなと思いますけど、なかなか思い切った説だと思います。

「無記」でダマされたような気分になるよりはるかにスッキリする。


無神論」は誤解を呼びやすい。
著者の考えを誤解されないように紹介する自信もないので、
多くを書きませんが、要するに文字通り「神はない」。
このないといっている「神」が何かが問題。
これはやっぱり本を読んでもらうしかない。

ここから出てくる道理で、「霊魂もない」。当然、死後の世界もない。
死者のたたり、先祖のたたり、水子の霊もない。
輪廻転生などバカげている。
死霊のたたりも怖れることはない。

死者の霊が霊媒の降りてきて語る「霊言」なんてのは、
ちゃんちゃらおかしい、となるわけです。
もちろん、そんな砕けて書いていませんけど。

当時、平成の初め、霊言がベストセラーになっていたらしい。
大体想像がつきますけど、乱立する新興宗教や
今でいうスピリチュアル系による霊言は確かにたくさんありました。
仏陀の生まれ変わりと自称する教祖様は日本だけでも
複数いらっしゃいました。いまでも衰えていません。
まだ仏陀の生まれ変わりは複数おられます。
テレビからはあからさまな霊媒は消えましたけど。

葬式はやりたけりゃやればいい。
でも、著者は本師の葬式を最後に(いつの時代か不明)葬式や
法事とはいっさい関わらず、自身の葬式も不要で、墓も不要。
骨は海に散骨してくれれば良い、という。

法事、先祖供養、どんな意味があるのか、どう考えたら良いのか、
どう行動したら良いのか、いろいろ教えてくれます。

戒名の話も痛快そのものです。




「あの世」について語ることと、「死」について語ることは、
別の次元の話だと考える。
だから、「あの世」について語らなくても、
「死」について語ることができると考えている
(p92)。

そこで西田哲学、「科学」について、さらにはポスト・モダンの話へと
発展していきます。
「科学」論はp138などでも論じられています。

「死」とは何か?

p97に梅原批判が出てきます。というか、バッサリ否定です。
もっともな話です。
画像


この間違いは、以前私が紹介した日野原医師のトンデモ話と
同類です。

○哲学的生命論は科学的生命論と合致する??「ゲノムと遺伝子」
http://yoshibero.at.webry.info/200905/article_20.html

老僧にとって、ひろさちや死は子供扱いです。
なぜかひろ氏は本名で登場します。
この本でひろさちや氏の本名をはじめて知った。
この辺、ちょっとしたトリビア。




p185からまとめの章があります。
まずは、ここから読んで概略を掴むのも良いかもしれません。
私の書き方が悪いので、ヘンな誤解されそうですけど、
老僧は宗教、仏教、禅を否定しているわけではなく、
単に葬式仏教化しした現状の仏教に批判的であって、
本来の仏教は無神論かつ無霊魂論に立つと説いているだけです。

批判するだけではおもしろくないですし、老僧は仏教者として歩んでおられますから、第2部は「新大乗の提唱」として、じゃあ無霊魂論でどうやって仏教を実践すればいいのか、具体的に述べておられます。

三学と念仏では、手取り足取り具体的な実践を説き、最終章の「新大乗」を提唱するで締めくくられています。

生臭坊主や坊主丸儲けなど、悪い仏教イメージの傾向と対策を分析し、本来の仏教を取り戻そうとする本です。
著者の新大乗が釈迦の仏教そのものかどうか私にはわかりませんし、もしかしたら違うんじゃないかという気もありますけど、こういう破天荒なお坊さんもいらっしゃると知ると、仏教も捨てたモンじゃないなと安心できます。

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
なるほど(納得、参考になった、ヘー)

トラックバック(1件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
ヒトはなぜ神を信じるのか 進化心理学が解き明かす神の起源
「ヒトはなぜ神を信じるのか」 進化心理学者が解き明かす神の話です。 この本の論理は非常に明快で理解しやすい。結論にも納得できます。 著者は大学の研究者でしたが、若くして独立、文筆一本に搾っておられるため、わかりやすい論理で書かれています(翻訳も良い)。本書は大学の研究者時に書かれたものですが、その後、続々と出版されるらしい(翻訳も)。期待できます。 本書は「生きがいの創造」などで感動した人こそ読むべき本です。 この本で本物の科学とはどういうものかが実感できるはずです。 ...続きを見る
やさしいバイオテクノロジー
2012/09/09 03:19

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

関連リンク集

仏教の立場? 無神論・無霊魂論 やさしいバイオテクノロジー/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる