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zoom RSS クローン人間には魂がないのか?

<<   作成日時 : 2012/06/07 21:47   >>

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現代思想の今月(2012年6月号)の特集は
「尊厳死は誰のものか 終末期医療のリアル」です。重いテーマです。
機能不全の国会の中で、ひっそりと実質的安楽死法、尊厳死法が
上程されようとしています。
脳死移植法の時ほど盛り上がっていませんけど、もしかしたら
それ以上に生存にとって重要な法律になるかもしれないのに、
意外とマスコミは静かです。

現代思想2012年6月号 特集=尊厳死は誰のものか 終末期医療のリアル
青土社
2012-05-28
川口有美子

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この特集号ではこの法律案についてあれこれと議論しています。
どう見ても哲学的な話だけであったり、体験者の話だったり、
医療の現場の苦悩であったり、いろんな立場の話が読めます。

動物の権利やパーソン論を主張する人たちであれば、
生きる価値の見いだせない非パーソンを生かし続けるのは、
貴重な医療資源を浪費するだけでしょうから、ムダなだけだ、
ということになります(この手の話は出てこない)。
あるいは、その浪費が許されるのなら、それより感情をもっていて生命感の溢れる動物たちの権利も認めるべきだという話になってきます。
この辺の話になってくると、それは現場を知らないからだ、
現場はけっこう大変なんだ、ということになる。

確かに、なにごとも経験しなきゃわからんわけだし、
その場になれば考えが変わることもあるでしょうけど、

そんな中で、「死に方に尊厳もクソもない」
「どんな死に方であれ尊厳がある」
という意見にはなぜかホットします。

あれこれ言ってもしゃーないやろ。
「救急車に乗せるな」「病院に運ぶな」といえばええだけやん。

ごもっとも。




その中にひとつだけもっとおもしろい話が載っています。

映画と小説の「わたしを離さないで」と映画の「ガタカ」をからめて、
というかその話だけで無理やり尊厳死と結びつけようとしています。
映画や小説の論評だけならそれでいいのでしょうけど、
尊厳死の特集号の中で、あきらかに浮いています。

映画の「わたしを離さないで」は2012年6月2日の日曜日に
WOWOWで放送されました。
サッカーワールドカップのアジア最終予選の初戦と同じ日で、
放送時間が一部ダブっていました。
次回の放送は2012年06月14日です。
http://www.wowow.co.jp/pg_info/detail/022547/index.php

WOWOWには「W座からの招待状」という余計なのが前後に付いていて、
ちょっとうっとうしい。
http://www.wowow.co.jp/douga/detail.php?movie_id=55942

小説の日本語版は2006年に出版されていて、意外と古い。
忍耐強い人でないと読み切れないと思います。
ちょっと厄介な小説です。

わたしを離さないで
早川書房
カズオ イシグロ

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2008年には文庫版も出ています。売れています。

わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)
早川書房
カズオ・イシグロ

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ブルーレイディスクの「初回生産限定仕様」にはいろんな特典がついています。
裏話やインタビューや絵画集などです。
施設に収容されている子供の描く絵がポイントになっています。

わたしを離さないで (初回生産限定仕様) [Blu-ray]
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン
2011-09-28

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パッケージ写真の3人がメイン。


映画は2011年春、全国ロードショー予定でしたが、あの大震災の影響をもろに受けてしまいます。

この「わたしを離さないで」ネタは、クローン人間がらみでこのブログでも取り上げています。
試験問題のネタにもしました。

○ドラマ「相棒」とクローン人間
http://yoshibero.at.webry.info/201204/article_4.html
○第21回(平成22年度)
http://yoshibero.at.webry.info/201011/article_22.html
○第18回(平成22年度)
http://yoshibero.at.webry.info/201010/article_106.html

一般に小説を映画化すると、全く違う物語になることが多いのですが、この場合、大筋のストーリーは同じです。ただし、小説にあった重要なポイントの多くが映画で抜け落ちています。
まぁ、説明調の長ったらしい小説を映画化するのだから仕方がない。

画像





で、長い前振りはこのくらいにして、現代思想のトンデモさんです。
「わたしを離さないで」の映画の内容をほとんどバラしています。
小説の一部も。ええのかなぁ?
ということで、ここでも便乗して、映画や小説の核心にも触れます。





その前に、話題をひとつ。

ブルーレイ版のDVD」という奇妙な表現があります。
2回でてくるので、誤植でもないようです。
編集者や校正の人も気がつかなかったのかなぁ?

映画などの映像が記録された12センチの円板をDVDといい、
そのうちブルーレイという規格もある、と思っているのかも。

それはともかくとして、延々と引用されている話が成り立つためには
ちょっと奇妙な前提が必要です。

映画でも小説でも、体細胞クローン人間と思われる人が登場します。
メインは3人で、その人達の物語です。
体細胞クローン人間とハッキリ書いてあるわけではありませんが、
オリジナルがいて、クローンがそのオリジナルを探すシーンがありますので、それはあきらかに年の離れた双子として出てきますから、一般的な体細胞クローン人間でしょう。

で、その体細胞クローン人間たちが大量に施設で養育されていて、大人になれば臓器の提供がはじまり、多くの場合3回目で「終了」、つまり死ぬことになっています。
3人のうち2人は実際に提供され、終了しています。
残りひとりの語り手である主人公もやがて提供がはじまり、死んでいくのでしょう。

1回で終了すればいいのですけど、多くの場合3回、4回と提供が行われるので、その間介護する必要があり、同じクローン集団の中からもその介護人が選ばれ、介護することになっています。




先に書いたとおり、登場するクローンは体細胞クローン人間です。
普通に考えると、そのオリジナルのためのクローンだと思うでしょうが、
どうやら小説や映画ではそういう設定ではなく、不特定多数の人たちのためのクローンのようです。つまり、免疫学的な不適合は問題にされていません。

このことは文庫版に載っている訳者による次の文章からもいえます。
エミリ先生はかなり衰えている。車いすでの生活ということは、加齢による衰えだけではなく、何かの病気があるのかもしれない。そんなエミリ先生の前に、介護人を終えて次の段階に進んだキャシーが現れたとしたら、エミリ先生はキャシーを使うだろうか。・・そしてマダムは? とも思う」(キャシーというのが主人公のクローン人間で、エミリ先生は人道的な施設の主任保護管、マダムはクローン人間の書いた絵の収集家、いずれもキャシーのオリジナルという設定にはなっていない)

もっとも、オリジナルのための臓器用クローンだとしても、あまり効率のいい話にはなりません。遺伝的な病気だったらクローンも同じ病気を持っていることもあり得ますし、必要なときに必要なサイズが調達できないといけないし、もしかしたら同じ臓器が何回も要るかもしれないし、となると、時間差で何体ものクローンを作っておく必要があります。
こんなの、物語にできませんね。

それはともかく、不特定多数の人たちのためのクローンであるなら、
どうも奇妙な話になります。

この映画や小説では、隔離された施設で洗脳教育し、自由に旅行できるのに逃げたりせず、臓器提供の命令を受ければたいした抵抗も見せず、従順な態度のまま死んでいきます。
多少の抵抗はあって、提供が数年だけ猶予される噂には敏感でで、
このことがいろんな物語を生みます。
それがミソなのかもしれませんし、原作者自身のインタビューでなぜ逃げないのかとの疑問に答えていますけど(初回限定版のブルーレイで)、それでもどうも納得できません。

洗脳がうまくいった結果だというのなら、オリジナルだけの臓器用スペア用クローンでないのなら、クローン人間という設定は全く不要のはずです。
この設定なら、なにも技術的に難しい体細胞クローン人間を作る必要はなく、普通に生まれて来る人間をそれ用に使えばいいだけでしょう。
でも、そこまでやるのなら、養育するのに手間暇かかるわけですから、すでに成長している人間を拉致したり、死刑囚を利用したり(某国では実施との噂)するほうが、効率的です。

それじゃあ身も蓋もないので、クローンにしたのでしょうか?
このクローンの物語が成り立つためには、小説の方で重いテーマになっているように、クローン人間には魂がない、との世間一般の大多数の人の認識が必要になります。

体細胞クローン人間であっても、普通にひとつの細胞からスタートし普通に卵割し、発生が進み、母体内で胎児として育ち、出生後も普通に成長していくという点では、クローン人間以外の人たちと全く同じです。違いはありません。
ヒトゲノムを持ち、ヒトとして生命が誕生し、人になり人間になるという点ではクローンでもクローン以外でも何ら違いはありません。

異質な存在になるのは、その生まれにあるのではなく、生まれた後に隔離して洗脳するという、その成長や教育にからんだ環境の方でしょう。

クローンだから仕方がない、クローンには権利を与えちゃいかんし、クローンに人格があるわけないし、クローンを人間並みに扱うのはけしからん、という前提がないとこの物語は成立しません。

悲しいことに、その前提を真実だと思っている人がアマゾンの書評やらWeb上の与太話を見てみると、もしかしたら圧倒的な多数派かもしれず、そっちの方が問題かもしれません。

映画や小説では、クローンには感情や魂がないからこそ、クローンを移植用に養鶏場のブロイラーのように作り、移植用として利用しても良心が痛まない、という社会の設定で、それじゃいかんと、クローンにだって魂があるんだ、ってことで、それを証明するために一部の人たちが立ち上がりクローンたちに絵を描かせます。

その絵を描かせるという小説の設定に関して、次のようなくだりがあります。

管理人:あなた方の魂がそこに見えると思ったからです。
言い直しましょうか。あなた方にも魂が−−心が−−あることが、そこに見えると思ったからです。

臓器移植用クローン人間:でも、なぜそんな証明が必要なのですか、先生。魂がないとでも、誰か思っていたのでしょうか

管理人:あなたの言うとおり、魂があるのかなんて疑う方がおかしい。でもね、わたしたちがこの運動を始めた当初は、決して自明のことではなかったのですよ。これだけの年月を経た今日でさえ、まだ世界の常識とは言えません。この瞬間にも、実に嘆かわしい環境で育てられている生徒たちがいるのです
それ以前のクローン人間はすべて医学のための存在でした。試験管の中のえたいのしれない存在、それがあなた方、と。

映画でのセリフだと、もっと残酷です。

しかし、その試みは失敗し、クローンを人間並みに扱う施設は廃止され、「養鶏場」だけになってしまいます。

「人権派」の人たちだって、実はクローンを怖がっています。避けたがっています。異質な存在としてみているように描かれています。




いったんヘンなイメージがついてしまうと、それを払拭するのは難しい。

遺伝子組換え技術にしてもクローン技術にしても、これらは単なる技術ですから、それなりに科学的に理論的な裏付けがあり、マニュアル化された手順があります。
それらをちょっとでも理解しようと努めれば、ヘンな誤解はなくなるはずなんでしょうけど、それがなかなかそう単純にはいかない。

少し前に放送されたドラマのようなセリフが当たり前のように広まれば、あるいは明るい未来があるのかもしれませんけど、その道は遠そうです。

○ドラマ「相棒」とクローン人間
http://yoshibero.at.webry.info/201204/article_4.html




映画や小説を批判しているように見えるかもしれませんが、
ここで言いたいのは、そうではなくて、
それを題材に一見真面目な話をすることです。

映画や小説をリアリティーゼロのとんでもストーリーにするのは別に問題はない。
実際、この映画でも、ブルーレイー版のパッケージには「ホラ話」としっかり書いてある。

ただ、問題なのは、そんなリアリティーのない話を題材に、「現代思想」のようなそれなりに真面目な雑誌の中で、さも意味ありげな「論文」モドキを書くのはちょっとマズイだろう、という話です。

この物語から尊厳死とつなげるのは無理がありすぎ。

なぜ無理なのかを示すために、映画や小説のヘンな話を指摘しただけです。

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