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zoom RSS 東へ! 豁然大悟!

<<   作成日時 : 2012/04/18 21:22   >>

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2012年04月01日発
○これって「哲学」?
http://yoshibero.at.webry.info/201204/article_13.html
の続きです。
先のエントリーで飲茶さんの本を取り上げました。
「史上最強の哲学入門」シリーズは現在のところ2冊です。
更に続編があるらしい。
2冊とも表紙に特徴があります。パッと見た目、ちょっと引いてしまう人もいるかも知れませんが、著者によればドラエモンと同じぐらい人口に膾炙しているらしい「バキ」なんだそうです。少なくとも私は知りません。「バキ」がなにかわかる人が対象の本なのでしょう。
知っていれば楽しめる構成なのかも知れませんが、知らなくても問題ない(はず)。
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まずは記念すべき1冊目。
西洋の哲人が多数でてきます。

史上最強の哲学入門 (SUN MAGAZINE MOOK)
マガジン・マガジン
飲茶

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同じ著書の「哲学的な何か、あと科学とか」に書かれている内容もふんだんに登場します。

「真理」を追求する哲学から「国家」「神様」ときて最後は「存在」で締めくくられます。
それぞれの思想の紹介の仕方やエピソードがおもしろく、哲学史を楽しく学べるようになっています。ただ、西洋哲学「史」がわかるだけで、西洋哲学そのものがわかるかというと、それは別問題でしょう。

ニーチェの思想の中で、現在に通じる考え、ニーチェが最近よく読まれている原因の分析はタメになった。

「存在」のところは、ハイデカーが出てくるところまではいいのですけど、そのあとソシュールで終わっています。
結局本のタイトルにある「史上最強」というのがなんなのかハッキリしません。

わざと書かなかっただけだとは思いますが、おそらく、「史上最強」はこれらの思想を紹介した著者自身なんだと思います。




次に第2作。東洋の哲人編。
増刷ができたようで、アマゾンでも買えるようになっています。

史上最強の哲学入門 東洋の哲人たち (SUN MAGAZINE MOOK)
マガジン・マガジン
2012-03-14
飲茶

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西洋哲学編とパッと見た目、同じような厚みですけど、280ページから416ページと増量しており、値段も300円アップです。

まず、東洋の哲学と西洋の哲学の違いから解説してあります。
理詰めの西洋と体験の東洋の違いです。
西洋哲学は時間さえかければ理詰めで考えることで理解できても、東洋哲学ならそうはいかないこと。
語ることのできる西洋と語ることのできない東洋。
東洋哲学は本質的には、「あ! そうか!」と頓悟するしかないので語ることができないけど、 東洋哲学がどんなものなのかを説明するためにはその概略だけでも無理やり語ろうとするしかないので、無理やり語っています。

インドのヤージュニャヴァルキヤというちょっと発音できない人の思想からはじまり、大陸の孔子や老子などを経て最後には日本の禅で締めくくられています。

つまり、

東へ!

通読してわかるのは、この本の説明は最初のインドの哲学で終わっていること。そこで悟れば、それ以降読む必要がない。
東洋思想がわかる、つまり、悟るとはどういうことなのか、いろんな時代のいろんな思想家の手を借りていろんな角度かとらえた考えが紹介されています(と私は読みました)。

各時代の哲人がテンポよく紹介されていき、いつの間にかわかった気にさせてくれる本です。

で、最後には、この本も「史上最強の哲学」なわけですけど、結局はその栄誉に預かるのは著者と言うことのようです。

2冊の「史上最強の哲学」を通じて西洋、東洋のいろんな哲人が登場し、バトルを繰り広げるということになっていますが(これが例の「バキ」らしい)、最終的に勝つのはあなた自身という形をとりながら、そのシナリオを書いている著者がさらに一段上にいて一番ということらしい(と勝手に読みました)。


いずれにしても、

東へ 東へ 

と思想が流れ、最終的には東洋の端の日本に流れ着き、そしてあなた自身が新しい哲学を! 悟りを! 考えに考え、そして

豁然大悟!




この「東洋の哲人たち(飲茶本)」を読んでいて、ずっと気になっていたのは「鉄鼠の檻」です。
京極夏彦氏の小説で、坊さんが一杯出てきて、山奥の奇妙なお寺が舞台となり、死ぬのは坊さんばかりで、京極堂一味が例によって活躍し、一応ミステリーの謎解きが終わり(犯人が見つかり)、そして壮絶な結末を迎える物語です。

ちなみに、「鉄鼠の檻」は私が京極ファンになったきっかけの本です。その前の小説も陰陽師が出てきてもおもしろかったのですけど、やはりこの「鉄鼠の檻」は強烈でした。

文庫版 鉄鼠の檻 (講談社文庫)
講談社
京極 夏彦

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手前の棚はほとんどが京極本。全て初版本。その奥の多くは妖怪本。
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妖怪(百鬼夜行)シリーズなど。
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最初の「鉄鼠の檻」のノベルズ版が出たのは1995年ですから、随分古い。 いま一度読み返してみて、よく書けてるなぁと関心。プロットがシッカリしています。
いちおう殺人事件がいっぱいおきるミステリーなので、ネタバラシになってしまいますから、これ以降は未読の人には要注意です。
でも、話の流れから触れないわけにはいかないので、核心部分をちょこっと書きます。

作中の主人公、京極堂が禅について延延と語ります。
(ちなみに私のATOKには京極堂辞書が入っているので、このような表現が第一候補に変換されます)



南宗の頓悟禅と北宗の漸悟禅。

どうして南北に分かれたのか、「飲茶本」にも丁寧に描かれています。
一般の禅の解説本では生き残った南宗を中心に解説するのが多く、「飲茶本」も同様に南宗の六祖が話題の中心になっています(もちろん始祖の達磨も出てきます)。

ところが、この「鉄鼠の檻」の中心人物は北宗です。この北宗は日本に入ってきていないことになっていますが、もしこれが日本に入ってきたとすれば、もし空海がそれに関与していたとすれば、ということで、真言宗と禅の融合という、いまでは考えられない壮大な物語になっています。禅寺とおぼしきお寺に奥の院があり、大日如来が、、、、、、

なぜこの物語の虜になったかというと、一応自分の家が曹洞宗なので、10代で観光客として永平寺へ行って観光客相手とは思えない壮絶な扱いを受けた経験と、20代で四国八十八カ所および新四国八十八カ所を全部まわって、ついでに高野山で結縁灌頂まで授かった経験があったからです。つまり、禅と真言宗。


南宗と北宗で悟りに対する考え方が全く違います。
つまり、南宗の頓悟禅と北宗の漸悟禅。この違いを主人公とウラ主人公が演じているわけです。どちらが勝つのか、はたまたどちらも負けるのか。
表向きは悟った、悟れない、の話なのですけど、京極堂の語る蘊蓄が半端ではなく、正当な禅を理解した気にさせてくれます。
飲茶さんの本も、軽快な語り口で書かれていますし、内容も濃いですから、それだけでもなかなかよくできているのですけど、こちらは小説の形をとりながらも禅の全貌が見えてきます。


「鉄鼠の檻」のもう一つの舞台である旅館に十牛図があり、京極堂によるその解説もあります。ちなみに、京極堂というのは、百鬼夜行シリーズなどに出てくる古本屋の主人であり、拝みやであり、陰陽師であり、神主であり、何でも知っていて、登場人物に付いている呪(憑物)を落としていく京極夏彦の化身です。

その京極堂が十牛図について語るわけですから、興味が湧かないはずがない。これはもっと詳しく知らなくっちゃと、この手の解説本を買いあさったほど感動しました。

「飲茶本」も最後は禅でシメ、「十牛図」をネタに悟りのあとを語っています。

十牛図というのは、名前の通り牛が出てくる10枚の絵です。もとは8枚だったが、あとで2枚追加されたらしい。悟りを開くまでの物語(といっても単なる簡素な絵だけ)の8枚と、その後を語っていると思われる2枚です。8枚目は白紙です。10枚目は1枚目に戻っていますけど、ちょっと違う。

悟ったらどうなるのか、悟ってしまえば終わりなのか、悟ってもまだ続きがあるのか、悟ったことのない人間にはわからないことですけど、それがわかった気にさせるのが十牛図。
やっぱりこれがないと締まらないのか、「飲茶本」も「鉄鼠の檻」も十牛図をシッカリと説明しています。




ところで、悟りって何なのでしょう?
自分って何なのか? どこから来たの? どこへ行くの?

よく「自分探し」というのが出てきます。
サッカーの名選手も若くして引退し、自分探しの旅に出ました。
「本当の自分」ってなんだ?

これに対して、「バカに見える日本語」という最近の本におもしろいことが書いてありました。


バカに見える日本語 (青春新書インテリジェンス)
青春出版社
樋口 裕一

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「自分探し」は若者がよく使う言葉だけれども、自分探しが必要だと言うことは、自分のそれまでの人生を否定しているし、上手くいかないのは本当の自分がまだ見えていないのだからだ、というのは単なる言い訳でしかない。
本当の自分があるはずだという言い訳の自分探しは嘆かわしい、という話です。
(ちなみにタイトルの「バカに見える日本語」として、「そんなの自分で考えろ」「そのうちわかる」「思います」「行けたら、行きます」「地球環境のために」「弱者の立場に立って考えたら」などです。よく使っていますよね。なんで「バカに見える」かはこの本を読めば「一応」わかります。賛同しかねるのが多々あるが)

哲学的に言えば、「自分探し」は本質的にあり得ない。
道徳的にあり得ないというのが先の「日本語」本ですけど、それだと、「自分」というのが紛れもなく存在しなければならないわけで、存在をいっさい疑っていない。まぁそうでないと普通は生きていけない。

しかし、本当にそうなのか。探そうとしている「これが自分だ」というのがあったとしても、それがそうだと認識している自分がなければ認識できないはず。これだと思って探し求めた答えがたとえあったとしても、それを見つけたのは誰なのか?

これはたぶん、永久に答えは得られない。言葉でもって言葉の論理でいくら考えても答えがない。

だから、無理やり答えようとすると、「ない」となる。

私はない。
あなたは誰ですか? いずれでもなし。

でも、そんな堂々巡りの訳のわからないことを議論している何かはあるはず。何もないのはおかしい。
ないものは最初からないけど、あるものはある。万物は流転するけど、あるもののありようが変わっただけで、「ない」から「ある」が生まれたわけでもないし、その逆もあり得ない。「ある」が「ない」になることはない。
となると、さらに無理やり答えようとすると、

私は宇宙の全てである。

となる。なんじゃらほい。

結局、いくら考えても「なんじゃらほい」にしかならない。
なぜなら、語り得ないものを無理やり語っているから。

語り得ないことは沈黙するしかない。いや、沈黙しなければならない。

色即是空。

この語り得ないことを語り得ないと認識し、それでも考えようとするなら、とことん考えることにより、悟りが得られるかも知れないけれども、ある時自転車に突然乗れるようになるのと同じように、ある時突然わかってしまいます。いくら考えてもわからないことを知ること、私は誰でもないことを知ること、なにものでもなく、なにものにもなる。それがわかる。その瞬間が頓悟というのなら頓悟なのでしょう。

でも、
自分が何者かすらわからないわけだから、他者がナニモノかはもっとわからない。
他人が考えたことを、他人がどのように悟ったかを、言語でもって書き留められたものを読んだところで、わからないのは当たり前。そう当たり前であって、その当たり前なことが、「飲茶本」や「鉄鼠の檻」のような本には言語でもって書いてあって、それを言語を理解する他者が読むわけですが、、、

まぁ。きりがないですけど。

ところが「豁然大悟」という経験がありえる。

はじめて自転車に乗る練習をすると、まぁ普通は乗れない。こけて痛い思いをするわけですが、乗れる人が不思議で仕方がない。でもいったん乗れてしまうと、数十年ブランクがあっても簡単に乗れてしまう。乗れてしまえば、乗れない人がなぜ乗れないのかがわからなくなる。

それと同じで、いったん悟ってしまえば、、、、、、、
って話になるはず。

結局、悟りって何なのだろう?
って迷っていれば、悟っていない証拠ですね。

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