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zoom RSS 本の感想:「科学的とはどういう意味か」

<<   作成日時 : 2011/07/16 00:46   >>

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科学的とは何か
「科学離れ」が叫ばれるようになって久しいが、この本では科学は普通に生活する上で必須であり、科学を避けることは不利益であり危険でもあるという考えで、科学的とは、科学的に考えるとはどういうことかを説いています。タイトルから連想される科学哲学の本ではありません。念のため。
今日(201年07月15日)の新聞広告では「たちまち3刷」ということでよく売れているようです。実際の発売日はわかりませんが、奥付は2011年06月30日第1刷発行となっています。私は「発売たちまち増刷」の新聞広告を見てから買ったのですが、書店に置いてあった本は第1刷でした。

科学的とはどういう意味か (幻冬舎新書)
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森博嗣

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この方の小説を読んだことがありません。名前ぐらいはさすがに知っていますが、読もうと思うきっかけがありませんでした。知るきっかけになったのは京極夏彦氏の『どすこい』というふざけた小説の中に、『すべてがデブになる』を読んだからです。もちろん『すべてがFになる』のパロディですね。そのうち読んでみようかなぁ。ちなみに、「どすこいTシャツ」を持っています。
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著者はブログやこれ以外の新書も多く書かれているようです。そのいずれも読んでいません。この本はこれまでに書かれていた記事などを元に大震災の話題をからめて「3日間、計12時間で執筆したもの」だそうです。そのためか、重い内容ですけどわかりやすく(何度も書かれている話題のようですので)、一晩で読めます。あまり考えたり、立ち止まったり、空想したりするところがありませんので、通り一遍、す〜っと軽く読めてしまう内容です。ヘタしたら、このブログ記事を書く方が1冊読むより時間がかかっているかも。

理系とか文系とかの分類が頻繁に出てきます。著者は厳密に分けられる訳ではないとの認識ですが、やはり人間はどちらかに分類できそうです。
そのなかで、数学を例に挙げ、数学離れ、科学離れが容認されていたり、科学が軽くあしらわれたりしている風潮を激しく痛烈に批判しておられ、このような社会は危険であり、もっといえば犯罪的ですら思えると主張しておられるようです。
(帯には「科学的無知、思考停止ほど、危険なものはない!」あります)

テレビを見れば、多くの出演者は「文系」で「理系」の人がしゃべることはあまりありません。新聞記事も「文系」記者が書いており、科学的な内容であってもあまり科学的とは言えず、感情的で感動的な物語仕立ての記事ばかりで埋め尽くされています。
これを危険だと。

確かに、タレントやテレビのニュースキャスターという肩書きの人の多くは「文系」なんでしょう。一昨日、遺伝子解析のテレビ番組を見ていたら、遺伝子とは何かをそれなりのアナウンサーがそれなりの解説をそれなりに一所懸命していても、歌が余りうまくない「歌手」などが露骨に嫌な顔をして、話を聞かず、話を茶化すだけで、理解しようというかけらも見せません。初めから難しいものだ、理解できないものだと拒絶しているだけです。こういうのが危険で犯罪的ですらある、というのが著者の訴えたいことなんだと思います。

私が遺伝子組換え関連の一般向け講演をしようとしても、「ゲノム」がわからないと何も理解できないとの観点で説明しようとしても、「ゲノム」のような難しいことは誰も理解してくれないから、もっと簡単に、というリクエストがでたりします。初めからわからないと決めつけるのも問題だなぁ、という事ですね。

この拒絶反応、思い込みの危険性を、いろんな例をあげて説明しておられます。


これよりもっとタチが悪いのが、知ったかぶりでしょう。古い話ですけど、北海道大学の先生がノーベル化学賞を受賞したとき、あるニュース番組で受賞内容の解説をしていたのですけど、このニュースキャスターやアシスタント?など誰1人通説程度でも理解できないにもかかわらず、わかったふりをしてトンデモ解説を延々するという失態を演じていました。

(ベンゼン環2コをつなぐ結合の話で、ベンゼン環ではなく単なる六角形(シクロヘキサン?)二個書き、2つの六角形の縦棒間同士を横につないでしまった絵を示し、
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キャスター1 「私どもの説明がちょっとまずかったところがあるようで、
 (左側を指して)炭素と炭素が結合すると、こういうような図で説明して
 しまったようですが、ホントは(右側を指して)パラジウムという物質が
 触媒になって炭素と炭素の結びづらいのが結びつけられるんだという、こっちの方が正しい図であれば、簡略化したものとはいえ正しいんでしょうか、先生」
ノーベル 「いや両方とも正しくありません」
キャスター2 「こういうことは難しいですよねぇ」(なさけない)
ノーベル 「書いたでしょう。書いて先ほどあなたに正しいヤツを、・・送ったんでしょ」
 「先ほどテレビ局の人に正確な絵を描いて渡したんですけども・・・」
 「これ二つとも作れると当然ノーベル賞もらえますよ」)

科学関連のニュースを報じるキャスターの態度は難しいですねぇとかさっぱりわかりませんとか、むしろわからないことを自慢しているように報じる場合が多い訳ですが、なかにはこの例のように知ったかぶりをする(このキャスターは他の話題でも同じ態度を取りますけど)ほうがむしろ罪悪感が強いかもしれません。この手の話題かこの本には書いてありませんけど。


タイトルは「科学的とはどういう意味か」。この答えはたくさんあります。いろんな答えがこの本には書いてあります。突き詰めていえば、論理であり、理屈であり、思考過程が大切なのであり、白黒はっきり付けないこと、と言えるかもしれません。
もちろん、再現性があり、普遍性があることなど、ありきたりな説明もあります。
論理や理屈を理解したり説明したりするためには、基本的な事項の理解がどうしても必要です。その上で、科学的な思考方法に則って順序よく考えていかないといけない訳です。
ところが、多くの場合、この前提も途中の過程もすっとばし、結論だけをとにかく言え、書け、という試行停止と拒絶反応が危険だと。
(こういう内容ですから、科学哲学とか境界設定問題とか、そんな話題は出てきません)

大震災の話題も書かれていますから、当然「放射能汚染」が話題になります。「放射能をあびる」などありえなーい、なんていうのは今ではヤボのようですけど、真面目にこれを語る人がまだいることも確かです。少なくとも放射能、放射線、放射性物質が何か、きちんと区別できないと理解することは不可能ですし、正しく怖がることもできません。放射線にもいろいろあり、測定機器にもいろいろあり、それぞれ得意不得意もあることを理解しないと、数値だけで一喜一憂しても仕方がない。その数値すら拒絶して、危険か安全かどっちかはっきりしろ、とせまる今の状況を正しく憂いておられます。まぁ、「文系」とはそんなものだから仕方がないのでしょうけど、確かにとんでもない状況になってしまっています。

県と市の測定値が違うから信用できないという一般市民が、おもちゃとしか見えない測定器もどきを使って、ココは安全、ココは高いからバッチいので近づいちゃダメ、とかいう、かわった番組を見たことがあります。県と市の測定値が違うのは、測定方法も測定目的も違うので、違う値が出て当たり前なのですが、そんなことは一切説明がありません。どんな放射線をどんな方法で測定したかの説明も皆無で、単におもちゃで測った数値の上下に一喜一憂しているだけ。経時変化の概念は全くないし、コントロールと比べるという発想も全くなし。典型的な「テレビ実験」という実験もどきをやっているだけで、まともな科学ではありませんでした。

ある委員長が「可能性はゼロではない」「学者は、可能性が全くない時以外は『ゼロではない』という表現はよく使う」「『可能性は ゼロではない』と言ったのは、事実上ゼロという意味だ」という発現が問題になったことがありました。正確にいおうとしたのか、言い訳しようとしたのかわかりませんが、この手の言動はなかなか理解してもらうのは難しい。
多くの人は安全か危険か、白か黒か、どちらかはっきり言え、と迫ってくる訳ですから。
科学は万能ではないという事実もなかなか伝わりません。

ただし、科学的な正確さと政治的判断は別でしょう。「直ちに健康被害が生じる訳ではない」というのは、政治的判断として妥当だったのかどうか、難しいところだと思います。


ついでに、この話題で最近興味深かったのは、ウシのエサに使う稲わらが放射性セシウムで汚染されていて、解体された肉から放射性セシウムが検出されたという記事で、このエサになる稲わらを販売した会社が「有機農業研究会」だというオチ(net版読売新聞2011年07月15日  http://www.yomiuri.co.jp/feature/20110316-866921/news/20110715-OYT1T00163.htm)。
遺伝子組み換え作物が嫌いな人にとっては、遺伝子組み換えトウモロコシをウシのエサに使うことに拒絶反応があり、米国産配合飼料はダメだけど国産のエサなら安全・安心だと盲信し、ついでに有機や無農薬ならもっと安全・安心だとかたくなに信仰したりする風潮があるワケですが、今回の「有機」のオチは痛烈すぎます。悲劇的であり喜劇的でもあります。
だいたい秋に作って保管すべき稲わらを、雪の降る冬を越して春になるまで野外に放置したのをエサに使うという神経が考えられません。放射性セシウムだけの問題ではないでしょう。雪の積もる屋外に置いておくことで他の「化学物質」が蓄積することは考えなくていいのでしょうか?中国からの黄砂も蓄積しっぱなし。今回はたまたま「有機農業」だったのでしょうけど、これが「有機農業」の基本だとしたら、これほどの喜劇は他に知らない。

白河有機農業研究会規約
http://fukushima.lin.gr.jp/sogo/kyokai/repoto/inawara/sirakawa.html
科学肥料」はたぶん「化学肥料」の事なんだと思いますけど、「安全で付加価値の高い農産物を生産」ってなんなのか、真剣に考えないといけませんね。


話が脱線してしまいましたが、本の感想。
この「感想」がくせもんですね。大震災のニュースでも何でも、専門家という人が出てきて、それなりに分析して解説し、意見を述べている訳ですが、聞いているキャスターは何も聞いていない。質問の仕方がおかしいし、明らかにめんどくさそうにしたり。
で、最後にどう思いますかと感想を聞く。専門家は感想を述べるために出てきた訳ではないのに、結局キャスターや視聴者は感想を求めているだけで、小難しい解説は何も聞かず、最後の感想だけに反応し、それだけでわかった気になり、それだけで終わってしまう。これは危険だ、犯罪的だと言うことになる訳です。

こんなんあかんやん!と言う本です。

最後に、付け足し。「犯罪的」を何度か使って書きましたけど、著者はそこまで言っていません。私の感想です。あしからず。

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