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zoom RSS 本の感想:HeLa細胞 ヒーラ細胞、この細胞とそれにまつわるドキュメンタリー「不死細胞ヒーラ」

<<   作成日時 : 2011/07/08 01:51   >>

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久しぶりに本の感想です。
HeLa細胞にまつわるドキュメンタリーです。
主役のヒーラ細胞は、動物の細胞培養をやったことがある人なら必ずと言っていいほど培養したことがある超有名な培養癌細胞です。
HeLa細胞は生命科学関連の本を読んでいると、頻繁に登場しますし、癌関連の本ならたいてい出てきます。
多くの場合、ヘンリエッタ・ラックスという「黒人」女性の子宮頸部の癌から株化した細胞との説明がありますが、それ以上の詳しい説明は滅多にありません。
私もこの本を読むまで、その程度のことしか知らなかったのですが、この本を読むことで、この細胞だけでなく、この細胞をつくった人たち、利用した人たち、そして、この細胞の元になった「黒人」女性やその一族の物語を知ることができました。


不死細胞ヒーラ  ヘンリエッタ・ラックスの永遠なる人生
講談社
レベッカ・スクルート

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2011年06月刊。

○蔵書リスト
http://www2.biglobe.ne.jp/~ashida/kurekousen/books.xls

組織を提供(略奪?)された女性やその家族などの物語だけでなく、HeLa細胞のたどる運命、癌細胞にまつわる研究史、インフォームドコンセントをはじめとした法的・倫理的側面まで、盛りだくさんです。
この本を読めば、自然と癌研究の歴史も身につくし、細胞培養にまつわる話やクローンやハイブリッドなどのバイオテクノロジーに関する基礎知識も身につくという、なかなかすぐれものです。
カレルの「不死のニワトリ心臟」の物語や、ヘイフリック限界など、生命科学関連のスキャンダルやトピックスも自然と学べるようにわかりやすく書かれています。

HeLa細胞の由来が黒人女性であることが、この本の主題であり、その家族の物語が大半を占めています。
取材をしてこの本を書いた人は若い「白人」女性です。

HeLa細胞のもとになったヘンリエッタ(1920年生まれ)の家族で一番多く登場するのは次女のデボラで、1950年生まれです。
いとこ結婚で生まれていますので、黒人です。
取材を開始したのが1999年で、当時著者は27歳、翌2000年にデボラに初接触し、そのときデボラは50歳です。ヘンリエッタが亡くなった1951年、デボラは1歳を少し過ぎたばかりで、ヘンリエッタの記憶がありません。

ヘンリエッタが生まれ、育ったところは、かつて奴隷小屋として使われていた掘立小屋で、娘のデボラが育った町はアメリカ有数の貧しく危険な黒人居住区です。
一方、著者は圧倒的に白人が多い都市で、静かで安全な町で、通ったにも高校に黒人生徒がたった二人しかいないという環境で育っています。

デボラの弟(ヘンリエッタの息子)、デボラの息子、デボラの兄の子など、多くの親族が殺人未遂、強盗、窃盗、傷害などの罪で逮捕され、刑務所暮らしをしています。

そんななかで、若い白人の著者が黒人ばかりの町で(おそらく単身で)、物理的にも精神的にも「壁に背中をぶつけられる」という危険や苦労をしながら(読む方にとってはサスペンス劇場並みのスリルを味わいながら)取材を貫徹し、本にまとめています。




HeLa細胞といえば、面白い話を思い出しました。あるセミナーで、発表者が「へらさいぼう」を連発しています。何を言っているんだろうかと思って配付資料を見ると「HeLa細胞」のことらしい。エライ先生方も誰も指摘しません。その場にいた私以外の人たちは動物細胞を培養したことがない人ばかりだったので仕方がないとは言え、なんだか異様な雰囲気でした。

本書のタイトルにあるとおり、HeLa細胞は「へら」ではなくて「ヒーラ」よ読みます。
HeLa細胞はヒトの組織から株化された最初の細胞です。この細胞の増殖力は旺盛で、この細胞が株化されたおかげで、生命科学研究は一段と加速され、多くの分野に利用されています。

今なら合成培地とウシ胎児血清とそれなりに設備があれば、簡単に培養することができます。しかし、当時、細胞を安定して培養する技術はなく、培地もこれといった決定版がまだない時代でした。そんな中で、比較的安定して増殖するHeLa細胞が登場したことで、培養技術も一段と進歩し、マニュアル化されていきました。

私も、いろんな細胞である効果を検討するという実験で、HeLa細胞を培養したことがあります。ヒトの正常細胞との比較もしたかったのですが、いわゆる「プライマリーカルチャー」しかなかったことから、HeLa細胞以外は動物の細胞で代用していました。
HeLa細胞は独特の顔つきをしており、増殖の仕方も他の培養細胞とは大きく異なります。

汚染の話が出てきます。
HeLa細胞があまりにも増殖力が強いため、これ以外のヒト株化細胞に侵入し、多くの細胞が株化されていろんな実験で使われていた訳ですが、なんと、ほとんどの培養細胞がHeLa細胞に侵略され、取って代わってしまったという話です。

厳重に管理されたストックからそのつど解凍して実験に使う訳ですが、途中で汚染されてしまったり、汚染されていると知らずにそのまま使い続けたりといった具合で、知らず知らずのうちにHeLa細胞を研究に使っていたという、笑えない話です。

ATCCという、細胞培養を経験した人なら誰もが知っている細胞バンクも例外ではなく、当初は厳密に管理されていることがウリであったにもかかわらず、汚染されていたという話は衝撃的でした。




先にも触れたとおり、HeLa細胞はヘンリエッタ・ラックスという黒人女性から株化された細胞です。この黒人とうのがこの本の中心命題にもなっています。
この難しい話をうまくまとめることができませんので、思いっきり端折りますが、今ではなくなったはずのカラード専用の学校、病院、トイレなど、登場人物が育った「黒人」「カラード」「ニグロ」の話が普通に出てきます。

彼女は1920年生まれ、子宮頸部の癌組織から培養に成功したのは1951年です。同じ年に彼女は子宮頸癌で亡くなっています。
この時代背景からわかるように、今のような「人権」が確立された時代ではありません。

多くの黒人や受刑者が人体実験の利用されていた時代でもあります。
日本でも「マルタ」と称して人体実験が行われていたといわれていますが、当時の人間を使った極限状態での実験データは大変有用で、動物実験では得られない生身の人間を使ったデータですから、これ以上の極上データはないわけで、今でも重用されているというのは皮肉なものです。
血液をどのくらい失ったら死ぬかとか、生死に関わるあらゆる医学的な知見はこの時に得られています。

HeLa細胞も黒人や受刑者などにそのまま注射され、この癌細胞がどのような振る舞いをするかといった人体実験が普通に行われていたという話も、かなり衝撃的です。
注射したのが癌細胞であることを被験者に伝えていません。

今では考えられないことですが、奇妙な論理で試験されています。
白血病で入院している患者にHeLa細胞を注射すると、その患者の中でHeLa細胞が育ち、一部切除して癌であることを確認しています。全て取り除かなかったのは、残った細胞がどのように振る舞うか見るためです。すると、予想どおりまた成長します。患者によってはリンパ節に転移までします。

次に、健康な人にHeLa細胞を注射すると、幸いなことに、しばらくすると癌細胞はなくなります。同じ被験者に何度も注射するわけですが、回数が増すごとに素早く撃退することも確認しています。
このことから、癌を撃退することに免疫が関与することが見いだされます。

癌細胞を注入するという実験は数年間で600人以上に試されています。
この半数は健康な人ですが、半数は癌患者です。
注射したHeLa細胞を排除する速度は健康な人より癌患者のほうが遅くなります。
このことを癌診断にまで利用しようとします。
つまり、注射したHeLa細胞を素早く排除する人には癌はできていないが、遅い場合、まだ見つかっていない癌を検出することができるかもと考えた訳です。

私も培養癌細胞をラットの腹に注射し、腹水中にたまる癌細胞を回収したことがあります。癌転移を調べるときにはラットやマウスに注射し、肺への転移を調べたりします。人間で試すわけにはいかないので、実験動物を使うわけですが、人間で試してみようとは考えたことすらありません。
私がうまれる前の1950年代までは、人体実験は当たり前だったらしく、今でいう「人体実験」という概念すらなかったのかもしれません。




ヘンリエッタの家族やその親族の多くは敬虔なキリスト教徒であり、著者は不可知論者という対称も、ドキュメンタリーの中で頻繁に登場します。取材を始めて間もなく、2001年には、著者はデボラのいとこ促されて、聖書を生まれて初めて音読させられるハメに陥ります。

ヘンリエッタの家族たちは、HeLa細胞が単なる細胞であることがなかなか認識できません。普通なら単なる細胞だろうと思う訳ですが、細胞であってもそこに人格を認めてしまいます。HeLa細胞は動物細胞との細胞融合にも使われたりする訳ですが、そういったHeLa細胞を使った数々の実験を知ると、ヘンリエッタが虐待されていると悲しんだりしてしまいます。

HeLa細胞は世界中で培養されていますから、その数は膨大で、もとのヘンリエッタを構成していた細胞を遙かに上回っています。そのことをと知ると、単なる細胞が増えたという以上の意味を見いだしてしまい、あたかもヘンリエッタ自身が再構成されていると勘違いしてしまいます。

クローンの話も出てきます。HeLa細胞は組織から株化されていますので、1つの細胞が分裂してできたクローン細胞ではありません。雑多な細胞の集合ですから、クローン化し、単一のゲノム集団にすることは、実験をやる上で大切なことです。
ところが、このクローンもなかなか理解できず、ヘンリエッタのクローン人間ができると勘違いしてしまいます。

いまでもHeLa細胞が生きているという話は、いまでもヘンリエッタ自身が生きていると思ってしまいます。不死を獲得したと。永遠に生き続けていると。

不可知論者の著者は丁寧に科学的な説明する訳ですが(著者の科学的説明はほんの一部を除いて(翻訳のせいかもしれませんが)常に正確で正しい)、なかなか認識の溝は埋まりません。

その謎は本書の最後のほうで解明されることになります。
先に書いた、不可知論者の著者が聖書を読まされる場面です。

ヨハネの福音書。
「わたしを信じる者は、死んでも生きる。生きていてわたしを信じる者は誰も、決して死ぬことはない」
「死者の復活もまたしかり。埋葬される体は朽ちてしまう。だが、よみがえったときは朽ちることがない・・・もちろん、肉の体があるのだから、霊の体もあるはずだ」
「わたしは彼らに永遠の命を与える。彼らは決して滅びることはない」

キリスト教の信仰ににとって、イエスの復活は重大事件(のはず)です。
ヘンリエッタが不死のHeLa細胞として蘇ったということは、ヘンリエッタが神に選ばれたことになります。




HeLa細胞は今でも多くの研究室で培養され、そして、多くの培養細胞を侵略し続けています。

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内 容 ニックネーム/日時
朝日新聞(2011年07月17日)の書評欄に載ってますね。人それぞれの読み方があって面白い。
yoshi
2011/07/17 07:54

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