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zoom RSS 脳死移植 臓器移植法の改正A案が通ってしまいました

<<   作成日時 : 2009/07/14 01:50   >>

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2009年06月18日、
臓器の移植に関する法律(平成9年7月16日法律第104号)の
4種の改正案のうちA案が衆議院で可決され、
2009年07月13日、
同じA案が参議院で可決されました。
なんだかむなしいです。
参議院は良識の府だからと少し期待していましたが、
残念です。
都議会議員選挙や衆議院の解散騒ぎの中
本当に真剣に議論されたのでしょうか?
参考
○脳死移植 臓器移植法の改正 A案でいいのか?
 http://yoshibero.at.webry.info/200906/article_28.html




脳死状態の人が生きているか死んでいるかどちらだ、
と問えば、生きているのに決まっています。
人工呼吸器の助けを借りているとはいえ、
血色がよく、自力で心臓が動いており、
爪もひげも髪の毛も伸びる人を目の前にして、
「おまえは既に死んでいる」
と冷酷に宣言できる人がいるでしょうか。

何かにつけて過激なアメリカであっても、
脳死状態は生か死かという判断を放棄し、
脳死状態は生だと認め、
その上で合法的な死を定義しようとしています。
脳死状態が死だと、ごり押しすることに無理を感じ、
それに反論する労力を放棄しての判断です。

日本では、結局脳死が人の死かどうかをまともに議論することなく、
あっさりと殺してしまいました。




朝日新聞等を検索しても、法の内容がよくわかりません。
前回書いた疑問が解消していません。
天涯孤独の人や身元不明の旅行者(外国人を含む)が
脳死になった場合、どうなるんでしょうか?
アメリカでは、外国人が旅行先で脳死になった場合で、
身元が知れているのに移植に使い、
後でばれて裁判になる例もあります。
(州によって異なるが、ある一定時間内は身元を確認する作業に
全力をあげる、それでもわからなければ移植に使える。
身元確認作業を故意に怠り、移植を強行する例がある)

移植のためだけに、死の定義を簡単に変えてしまうことにも
違和感があります。
人の死って、そんなに軽いんでしょうか?
軽く扱っているとしか思えません。

これで、これまで治療されていた脳死あるいはそれに近い人たちは
死の宣告を受け、治療が打ち切られることになるでしょう。
死んでいるわけですから、
死者に治療を施すわけにはいきません。
その状態が、2年、3年、あるいは数十年であっても、
即刻死の宣告です。

今までなら間違いなく生きていたにもかかわらず。

この法律で、新たに死の宣告を受ける人たちが続出するわけで、
その家族の人たちの苦悩を考えるとやりきれない。




移植を受ける方の論理は非常にわかりやすい。
ですから、こちらは議論するまでもないでしょう。

単純に他人の死を望むだけですから。
移植は早いほうがよいし。

だから、早く人でくれ!

健康な人がぽっくり死んだら、やったぁー!万歳!!
(癌で死んだ人の臓器は使えません)

心臓が動いていて、癌などの重篤な病気にかかっていなくて、
ピチピチのできたての屍肉が必要です。

不慮の事故や自殺や幼児虐待や死刑執行者や、
殺人未遂やあるいは無理矢理調達するか、
とにかく、ついさっきまで健康であって、
突然死んでくれる人が必要です。
必要なだけでなく、
そういう不幸な人が一人で多く誕生することを望み、
そして望みが叶えられれば
つまり、免疫学的に適合する屍肉が見つかれば、万歳!!

しかも、今度の法律は、親族優先可!
従来の公平性、売買禁止を破棄し、
無理強いして横取りすることもできます。

こんな医療が健全なわけがありません。

単純に、たまたま死者が出たから、
焼いてしまうのはもったいないから、
リサイクルしよう。
確かに、わかりやすいです。




自分というのがいったい何なのか、よくわかりませんが、
少なくとも、自分という存在は自分が宿っているらしい肉体に対し、
自由であるはずがありません。

脳死移植に賛成し、
あるいはその過程で「自己決定」なるものを持ち出す人は、
おそらく自分は自分の体を自由だと思っているのでしょう。

自分を構成する細胞の一つですら、
自分はコントロールすることはできません。
全く無力で、全くの不自由です。
ゲノムにある数万の遺伝子も、
ひとつとして自分でコントロールすることなど
全く不可能です。

では、自分が生きていけるのは、なぜなんでしょう。

その不自由であるはずのものが、
どうして、
切ったり張ったりする権利があると主張できるのでしょうか?
もう、この時点で、さっぱりわかりません。

環境や自然や動植物などにおごっていることを警告するのに忙しく、
肝心の足下の自分に対しておごっていることを認識するのを
忘れてしまっていいんだろうか。




日本人は死後の生を信じているとよく言われます。
おそらく信じている人が過半数でしょう。
お盆の行事を見ても、死後の生命を信じないと成り立ちません。

そんな中で、心臓死で受け入れいている死の看取りを
まだ生きているとしか思えない状態を前にして、
同じような看取りができるとは思えません。
これまでなら、
判断ができるときに事前承諾していた臓器移植というイベントのため
納得できたとしても、
これからは、そのような承諾も一切なしに、
家族にとって、いきなり納得しないといけない事態が生じます。

脳死状態で意識が完全にないかどうかを
他人が判定することはできません。
誰にもわかりません。
医者は可能だと言うでしょうが、それは単なる見解です。

死後の生や生まれ変わりを素朴に信じている人にとって、
目の前にいる人自身がどういう状態なのか判断することが
できない状態で、生きているとしか思えない状態を前にして
ほんとうに、死んでいるから臓器でも何でもとってくれ
といえるのでしょうか。
元気であったときの意志が不明であっても、
法的に死んでいるからと宣告され、
家族に判断が迫られるわけです。




個人的には、死後の生も輪廻転生も信じていません。
受け入れることもできません。

しかし、世間には素朴に信じている人が多いらしい。
かつて、テレビで、死者と交信できるという
スピリチュアルカウンセラーが登場する番組があり
結構高い視聴率だったらしい。本もよく売れています。
いまでも単発で放送されます。

都議会議員選挙で惨敗したK会や、
そのひな形であるG会や
第三の計画といいながら(第一がG会、第二がK会)、
いつの間にか遠いところへ行ってしまったL会は、
「教祖」が死者と交信できるといい、
「転生輪廻」(輪廻転生ではない)が教義になっています。

死後の生や生まれ変わり信じることで
「生きがいの創造」ができると強弁する
北の方の国立大学法人の先生もいらっしゃいます。
これまた、本が結構売れていて、
熱心な信者がたくさんいらっしゃいます。

このような極端な「宗教」でなくても、
チベット仏教のように輪廻転生が基本であったり、
伝統宗教であっても、輪廻転生を信じているのもあるようです。

本来なら、死者と交信ができるという特殊能力を持った方に
脳死判定現場で働いてもらい、
当人の意思を確認してもらうのが一番なのですが。

それはともかくとして、
それがかなわないのであれば、
家族がその役割を果たす必要に迫られます。

まだそこにいるのですか?
それとも、もう旅立たれましたか?


どうするんだろう?



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内 容 ニックネーム/日時
失礼ながら,マスコミが誤誘導しているせいで誤解されている部分が多いように思います。ぜひ,こちらをご参照下さい(http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/20090703)。

改訂後も改訂前も,家族の同意無しには脳死判定すら行われません。今回の判定基準の胆は,15歳以下の臓器移植を可能とするために必要だった法的な道筋が作られたことにあります。脳死=死などと言う形に,死に関する定義が変わったなどということもありません。単に,遺言が残されなかった場合でも,家族が脳死状態を死として認めることが可能になっただけです。しかも尊厳死的なものは,依然として認められていません。臓器移植を行う場合のみ「特別に」脳死を人の死として認めることが可能になっただけです。

マスコミの報道ではその辺が意識的か無意識かはわかりませんが,ゆがめられた形で報道されているように思います。先ほどご紹介させていただいたブログにもある通り,今回取り扱いが変わったのは「遺言を残さなかった(残せなかった)」人についてだけです。ぜひご確認下さい。
ぷろどおむ
2009/07/14 17:19

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