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イントロ 絶対的な安全性を求める人の論理 「安心」を得るために「安全の理解」を得る 無農薬野菜・有機野菜は安心・安全と納得? 有機野菜や無農薬野菜はGMOより危険? 植物の生体防御機構の概念 キズストレスで何が起こるか 有機栽培をするという意味 無農薬栽培を続けるという意味 無農薬や有機栽培のリスクはGMOと比べて高いのか イントロ 前のエントリーで、科学的に考えることとは何か、言っていることがよくわからないという質問がありましたので、今回と次回で、少し具体的に説明します。 他で書いたことの繰り返しですけど。 例題 つぎのような野菜の品種があったとする。 1. 通常の農薬栽培 2. 除草剤耐性遺伝子を導入した遺伝子組換え 品種を減農薬栽培 3. 無農薬栽培 4. 有機栽培 これらの野菜のうち、食べたいもの、食べたくないもの、あるいは、リスクの順位を付けよ。 普通の人はおそらく 食べたいのものとして、無農薬栽培 有機栽培 を選び、 仕方なしに通常の農薬栽培を選び、 遺伝子組換え品種なんか絶対食べたくない というのではないでしょうか。 リスクの順位も同じでしょう。 このエントリーでは、これが全く逆であることを説明するものです。 遺伝子組換え食品に100%の安全を求める人の論理を使うなら、 1. と 2. はほとんど同じリスクで、3. と 4. は明らかに1. や 2. に比べてハイリスクであることになります。 つまり、無農薬栽培や有機栽培された野菜は農薬栽培野菜や遺伝子組換え野菜に比べハイリスクであるから食べたくないという結論に導くものです。 実際にはそれほどリスクに差はありませんけど、上記の論理で比較検討するとどうなるか、という話です。 絶対的な安全性を求める人の論理 遺伝子組換え作物に対して絶対的な安全性を求め、少しでも危険性が残っているのであれば、100%の安全が確認できないのであれば、遺伝子組換え作物は販売することはもちろん、栽培することも開発することもすべきでないという意見の持ち主がいらっしゃいます。 そのような人に、では、なぜ、そのように考えるのかといった根拠を求めても、たぶん満足のいく答えは得られないでしょう。 ただ何となくとか、心の問題だとかいって、単に納得の問題になってしまうでしょう。 そのことから、遺伝子組換え作物に納得が得られていないことだけはわかります。 なぜ納得が得られていないのでしょうか。 別の言い方をすると、なぜ安心が得られていないかというと、不安だからであって、その不安はどこから来るかというと、納得が得られないから、つまり、よくわからないから、といことになると思います。 循環していますね。 「安心」を得るために「安全の理解」を得る この循環を断ち切るためには、つまり、安心を得るためには「安全の理解」という横やりを入れる必要があります。 「安全の理解」があってはじめて「安心」が得られるはずです。 「安全の理解」を飛ばして、一足先に「安心」を得るのは、ごまかしたりウソをついたりする以外無理でしょう。 (BSEの例 「ウソ」とお金で安心を得る) 「安全の理解」を得るためには、「科学的な考え方」と、遺伝子組換え問題の場合であれば、「ゲノムの理解」が最低限必要になるでしょう。 無農薬野菜・有機野菜は安心・安全と納得? 私が不思議に思うのは、遺伝子組換え作物に対して絶対的な安全性を求める人が、無農薬栽培された野菜や有機野菜を何の躊躇もなく食べることができるのかという点です。 遺伝子組換え作物に反対する人でも、無農薬栽培された野菜や有機野菜がヘルシーだとかいって、ときにはナマで食べることもどうやら平気らしい。 平気で食べられるのは、おそらく納得しているからとは思いますが、その納得が得られた原因として、巷に流布している有機や無農薬といったことばによって醸し出される雰囲気が一番大きいでしょう。 その雰囲気によって、ある意味、騙されることによって、あるいは、騙されたふりをすることによって、無理矢理かあるいは、全く無意識に、納得を獲得したのではないでしょうか。 納得が得られたのであれば、それはそれでいいことでしょうが、その納得が得られた根拠はやっぱり科学的とは言えません。 科学的に考えると、納得するどころか、遺伝子組換え作物を心配しているどころでない、無農薬栽培は即時停止すべきだ、有機栽培などとんでもない、という認識に立ち、反対運動を展開しないと理にかなわないはずです。 遺伝子組換え作物に反対するような人であれば、その手法でもって、本来なら何よりも優先して反対運動に取り組まなければならない対象は有機栽培野菜や無農薬栽培野菜のはずです。 ところが、現実には、有機栽培野菜や無農薬栽培野菜は健康にいいと言ってありがたがれ、遺伝子組換え作物は徹底的に嫌われています。 そのような人に、なぜそう思うかをトコトン突き詰めても、その根拠はおそらくないと思います。 いくら問い詰めても、納得できる根拠は出てこないはずです。 実際そのような根拠はないから当然ですね。 有機野菜や無農薬野菜はGMOより危険? では、有機野菜や無農薬野菜が危険なのかというと、じつは、無農薬栽培を続けていって得られた品種は、通常の農薬栽培された品種に比べ、天然農薬の量が増えることが明らかにされています。 つまり、こちらの根拠ははっきりしていて、農薬栽培するよりは無農薬栽培するほうがリスクが高まるという結果が得られています。 その逆の、つまり、無農薬栽培された野菜のほうがヘルシーだという根拠はありません。 有機栽培も、その方法がバラエティに富んでいるため、一般化するのは難しいですが、一般に、植物に対する感染症などの危険性が、有機栽培するほうが高まるわけですから、植物体としての有機栽培野菜のほうが、農薬栽培された野菜よりも天然農薬が増えたり、感染症にかかったことによるさまざまな悪影響が顕在化するのは、理論的に考えても明らかです。 植物の生体防御機構の概念 植物は動けないなりに生体防御物質を作ることで外敵に対処しています。 対象の方法はバラエティに富んでいます。 そのうちのひとつが攻撃や防御に役立つ化学物質を新たに生産するという方法です。 外敵に対処して対応物質を常時合成していたのではエネルギー的にも無駄ですから、通常、脅威にさらされたときにそれがきっかけとなって生体防御システムが発動し、さまざまな化学反応や新たな遺伝子の発現などを通じて、代謝システムを利用するなどして、防御物質をつくるなどの生体防御反応を起こしています。 もちろん、常時合成している生体防御物質もあります。 これらの生体防御物質の中には、人体にとっても悪影響のある化学物質も含まれています。 これらの化学物質は変異原性があったり、急性毒性や慢性毒性を持ったりする有毒物質です。 これらを、とりあえず、天然農薬と呼ぶことにしましょう。 キズストレスで何が起こるか 植物にとって葉などにキズがつくということは、外敵によりかじられたことを意味するわけで、その外敵の攻撃は脅威になりますから、そのキズの原因である外敵を退治する必要が生じてきます。 多くの場合、その傷のついた細胞が犠牲になるしかないわけですが、ただ単に死ぬだけでなく、死ぬときに外敵を攻撃できる物質をつくります。 この場合、外敵に対処するのは急を要するわけですから、新たに遺伝子発現をさせてタンパク質を合成していたのでは間に合いませんから、細胞内にある物質で対処します。 最初から防御物質作っておく場合もありますが、その合成にかかるエネルギーや保存に対するコストを考えれば、常に外敵に応じた防御物質を全ての細胞が用意するというのは余り望ましいことではありません。 自分には必要な化合物や、あるいは酵素があり、これらは通常は分離されていたとします。 キズがつくことがその分離していた隔壁がなくなるという条件であれば、別々にそれぞれ独自の機能を持っていた物質が出会うことにより、キズがきっかけで新たな反応が起こり、全く新しい化合物がキズをきっかけでつくり出されるという例があります。 たとえば、わさびをすると、これは明らかなキズストレスですから、わさびはキズストレスに応じる物質をつくり出します。 それが、わさびのピリッとする辛みの成分です。 すらなければ、わさびは辛くありません。 これが、昆虫や微生物に対しても毒性物質となり、外敵を退治することができます。 ヒトにも有害です。 このような生体防御機構は多く見つかっており、キャベツなどの野菜でも、かむことによって味が異なる原因も、キャベツ自身が有毒な化学物質を人がかむことで、つまり、キャベツがキズストレスを受けることでキャベツが生体防御物質をつくり出し、あの独特の味になるわけです。 有機栽培をするという意味 これまで、キズストレスについて述べてきましたが、外敵が微生物の場合であれば、それらが感染することにより、ある種の物質が分泌されることがあります。 その物質を植物細胞が感知し、それが外敵による攻撃と認識することで、微生物ストレスに応答するシステムが発動します。 そこで、新たなタンパク質(酵素なども含む)が合成されたりして、遺伝子発現システムに影響を与えたり、代謝経路に影響を与えることで、結果的に化学的な応答が起こり、何らかの生体防御物質がつくられます。 危険信号を他の組織に知らせて、準備させたり、という反応も起こります。 このような物質が実際にさまざまな外敵による攻撃で上昇することが確認されています。 そして、これらの物質の中には、ヒトに悪影響を与えるものが含まれていることもわかっています。 適切な農薬栽培や適切な肥料を利用して栽培すると、感染など外敵にさらされることが減るため、生体防御システム自身もあまり発動しないことになり、その結果、ヒトに有害な生体防御物質も少なくなります。 有機栽培や無農薬栽培をするということは、このようなストレス応答システムが発動しやすくなったり、実際に発動したりするわけですから、農薬によりコントロールしながら栽培するよりストレス応答物質が増える、ということは容易に理解できますし、またデータも得られています。 無農薬栽培を続けるという意味 通常の品種改良は植物の持つ天然農薬の量を減らすという意味も持っています。 天然農薬を減らすと感染など外敵に弱くなりますから、人の管理による適切な農薬栽培が必要になります。 適切な農薬栽培が成されているあいだは問題がありませんが、無農薬栽培を続けるとどうなるか考えてみましょう。 無農薬栽培であっても、人の密接な管理により、栽培することもできます。 栽培に成功し種が取れるということは、悪条件にもかかわらず生き残った品種ですから、無農薬でも生き残れる、つまり、自前の農薬をより多く作る品種が生き残ることになります。 これは、たとえばF1品種同士を掛け合わせて作られた雑種の中から、たまたま生き残った品種を人が選ぶとか、偶然の突然変異によっても得られるでしょう。 この生き残ったもの同士を掛け合わせ、さらに無農薬栽培を続けていくと、人の世話が省けるような品種が得られるはずです。 つまり、より強い野生化した種に変化していきます。 ということは、せっかく品種改良によって減らした天然農薬の量が無農薬栽培を続けることによって復活し、増えてしまうことになります。 実際に、この条件で栽培し続けると、天然農薬の量が増えたというデータがあります。 全ての種で同じようなことが起こるわけではありませんし、無農薬栽培といっても、管理された空気と水で密室栽培した場合はあまり関係ないでしょう。 無農薬や有機栽培のリスクはGMOと比べて高いのか 上記のように有害物質が増えたからといって、直ちにヒトに健康被害が生じるかというと、必ずしもそうは言い切れません。 むしろ健康被害が生じないほど微細な変化のほうが多いでしょう。 このような話を持ち出してきたのは、そもそも遺伝子組換え作物に対する絶対的な安全性を求める人がいて、それに疑問が生じるということから来ました。 遺伝子組換え技術によって新たに生じるかもしれないリスクがないものだけが認可されます。 同じような検査システムを無農薬栽培野菜や有機栽培野菜にも適応するとどうなるでしょう。 たとえば、無農薬や有機栽培によって増える可能性のある化学物質はある程度わかっているわけですから、検査しようと思えば検査できます。 どの程度増えると認可しないとか基準を作れば、場合によっては、未認可という結果もあり得るでしょう。 遺伝子組換え作物に対する絶対的な安全を求めるその考え方があるのなら、その考え方をぜひとも無農薬や有機栽培の野菜に向けていただきたい。 こちらは反対運動するためのデータがすでにそろっているわけですから、その反対運動は簡単に始められるはずです。 有機栽培や無農薬栽培された野菜は、そうでない野菜に比べて、植物自身が合成する天然農薬の量や防御物質の量が多くなります。 だから、こんなもの食べてはいけない。 買ってはいけない。 こういう運動が起こらないのが不思議で仕方がありません。 遺伝子組換え作物を警戒する慎重さがあるのなら、是非ともその慎重さを無農薬や有機栽培にも向けていただき、より安全で安心できる食材開発に貢献していただきたいものです。 |
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陰謀論に嵌りやすい僕としてはGMOの技術と言うより |
科学リテラシゼロ男 2008/09/03 11:24 |
いつも興味深く拝見しております。遺伝子組換え周辺のリスクの考え方について、実に勉強になりました。 |
やまき 2008/09/05 12:31 |
どうもコメントありがとうございました。 |
yoshi 2008/09/06 03:13 |
BSE問題のように「全頭検査」という発明による納得と安心を得る方法よりはもっとスマートな解決策が欲しい。 |
yoshi 2008/09/06 03:22 |
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