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zoom RSS 中四国農政局シンポジウムのその後

<<   作成日時 : 2008/08/27 14:22   >>

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2008年08月26日(火)の午後、広島県立生涯学習センターの大研修室において、「シンポジウム 遺伝子組換え農作物を知る」が中国四国農政局とNPO法人中四国アグリテックの主催で行われました。
http://www.maff.go.jp/chushi/press/nosan/080801.html

3題の講演があったわけですが、その1題目に「遺伝子って何だろう?〜遺伝子組換え食品の『危険性』を考える」というタイトルで私も講演しました。

画像

左の開いているパソコンが、我が愛機「工人舎1号」。


時間が足りなくて言い切れなかったこと、ご質問に対して、本音で語りきれなかったことなどありますので、ここにしたためます。
個別のご質問に対する回答というわけではなくて、一般的な考え方として次のような項目でまとめてみました。
他のサイトに書いてきたことと多くは重なります。


・食品として安全性を科学的に考えるとは
・いわゆる「安全宣言」で表現しようとしていること
・科学は絶対でも万能でもないこと
・道路交通情報を科学の面から検討すると
・遺伝子組換え食品のリスク評価について
・従来の品種改良食品の安全性チェック
・遺伝子組換え食品の安全性のチェックは正しく機能しているのか
・スターリンク事件とはどのようなものであったか
・ゲノムを理解するとは 自転車に乗れるようになった瞬間の爽快感と同じこと
・遺伝子くみかえの法則
・天然農薬と人工農薬
・食べた遺伝子はどうなるのか



食品として安全性を科学的に考えるとは
科学的な考え方について、一般的には誤解されている面が多いという印象を持っています。
科学によってお墨付きが欲しい人、科学が万能であると思っている人にとっては、本来の意味での科学的な考え方に接した場合、違和感が生じることになると思います。

科学でできることは、条件付きで説明することだけです。

科学で絶対的な真理を語ることはできません。
もしできれば、そのときには科学は消滅しています。

たとえば、遺伝子組換え食品の安全性について考える場合であれば、組換える前の品種と比べて、考えられる限りの項目でチェックし、どの程度違いがあるのか、あるいは違いがないのかを調べ、その結果を検討・評価するしかないわけです。

その結果出てくる判定は、「安全を宣言する」わけでも「リスクなし」とするわけでもありません。


いわゆる「安全宣言」で表現しようとしていること
たとえば、「安全」が問題になっていて、それについて評価してその結果が公表される場合、それを取材して書かれた新聞記事などを見ると、よくその記事の見出しに「安全宣言」という文字をデカデカと書いてあることがあります。

しかし、その記事内容を読んでみると、取材相手はひと言も安全宣言なんか言っておらず、記事本文にも「安全宣言」という括弧付きすら書いていない場合がほとんどです。
つまり、「安全宣言」というのはあくまでも「 」付きであって、しかも見出しにだけ使われる言葉であって、文字通りの安全宣言は実はどこにもないわけです。

もし、取材対象の人が、産官学どの分野であろうと、「 」なしの安全宣言をした場合、それはウソになってしまいますし、非科学的と言うことになってしまいます。


科学は絶対でも万能でもないこと
私の本を読んで、遺伝子組換え技術が嫌いな人にとっては、書かれている内容が許せないと言い表すのに、この本は遺伝子組換え食品が安全であると言っている本だからダメだと、という意見によく出会います。

しかし、本のどこにも、あるいは今回の講演のどこにも、遺伝子組換え食品が安全であると言うことはひと言も書いて(言って)いません。

もし言えば、くどいですが、ウソになりますし、非科学的になります。

科学の絶対性や万能性を信じている人にとっては、あるいは科学による御神託を求めている人にとっては、上記のような考え方にもどかしい思いをすることでしょう。
しかし、科学に信じるとか信じないとかいう考えはなじみませんし、科学は神の声でもありません。


道路交通情報を科学の面から検討すると
科学的な考え方の一番わかりやすい例として、これまで何度も取り上げていますけど、道路交通情報の話をしましょう。

広島から岡山あたりの高速道路を走っていますと、ほとんど渋滞に出会うことはありません。
(慢性的に渋滞にあう地方の人にとっては以下の話に違和感があるかもしれません)
道路交通情報を聞いていますと、概ね次のように言っています。

「午後○時○分現在の道路交通情報をお伝えします。この付近では上下線とも交通に支障となる事故や渋滞の情報は入っていません」

これはきわめて科学的な表現です。
このような考え方でもってしか、例えば遺伝子組換え食品の安全性について語ることはできません。

もし、遺伝子組換え食品について神の声のごとく安全を宣言して欲しいというのであれば、

「現在、事故や渋滞はありません」

と言うのと同じことになります。


上記の道路交通情報がなぜ科学的なのかというと、まず時間を限っている点。
「午後○時○分現在の」と断っています。
現在どんな状態かというのは全くわかりませんから(そもそも厳密な意味での「今」というのはこの世に存在しない)、過去のある時点のというしかありません。

次に、場所を限っています。
「この付近では上下線とも」というのはあいまいですけど、この電波が受信できる範囲ではという意味だと理解できます。

次に状態を限っています。
「交通の支障となる事故や渋滞」という表現で、単なる事故や渋滞というのではなく、交通に支障となるということばを頭に付け足しています。

さらに、最後は
「情報は入っていません」という表現で終わっています。
ここまで時間的・空間的かつ状態について具体的な条件や情報の話をしたあと、そのような条件付きの状態の「情報が入っていません」と述べるだけで、そのような状態が「ない」とは言っていません。

この付近の上下線全ての区間で事故や渋滞がないことをチェックしたわけではないでしょうし、おそらく所々のポイントで、モニタによるチェックや交通量が自動的に収集できるシステムで情報収集がなされているだけだと思います。
その限定的な情報と、ドライバーからの情報などを総合して、道路交通情報として流しているのだと思います。

「科学でできることは、条件付きで説明することだけです」

と先に書いたのはこのような意味です。

つまり、

「現在、事故や渋滞はありません」

という表現と比べてみればよくわかると思います。
言っている意味が全く違います。

科学的に「安全」を語るのも同じことです。


遺伝子組換え食品のリスク評価について
遺伝子組換えを行うことでリスクが生じると信じている人にとっては、農水省・厚労省や科学者の言うことにもどかしい思いをすると思います。
先ほど見たように、科学的に評価した結果は、あくまでも限定的な話に限られます。
絶対的な安全を発表することはできません。
くどいですけど、絶対的な安全を宣言すると、それはウソになり、非科学的になります。

絶対的な100%の安全の問題は、2つに分けて検討する必要があると思います。

ひとつめは、組換える前の食品の安全性の問題。
もうひとつは、遺伝子組換え技術自身の安全性の問題。

○まずひとつめの絶対的安全の問題
そもそも組換える前の食品に絶対的な安全性はありません。
別の項目で詳しく書きますが、人にとって有害な物質がふくまれていない植物は一つもありません。

遺伝子組換えに対する絶対的な安全を求めるのであれば、その考え方を組換える前の植物にも適応すべきでしょう。
そうすれば、組換える前の食品、普段食べているキャベツやレタスやトマトに発癌物質や急性毒性物質や慢性毒性物質が多数含まれているというデータに出会うはずです。

だからといって、キャベツやレタスを危険だから食べるなというわけではなく、絶対的な安全を求めるのであれば、必ずそういったデータに出会うはずですよという話です。

まず前提として、普段食べている野菜などに絶対的な安全性はないということを認識しないと、リスク評価が始まらないと言うことです。

実際、毎年、品種改良された新品種が出まわります。
新品種どころか、今まで一度も食経験がない新種が野菜として売られることもあります。
このような新種や新品種に対して、食品としての安全性のチェックは全くなされていません。

これは杜撰なわけではなくて、安全性のチェックを必要とする決まり事がないだけで、安全であることがわかっているから安全性のチェックをしないわけでもありません。
もっと言えば、食品としての植物体自身の安全性をチェックする方法がないからでもあります。

我々は、実は、食品としての安全性を全くチェックされていなくて、これまでに食習慣が全くない新種や新品種を何の疑問も持たず時にはナマで食べることでヘルシーだとかいって食べているわけです。
ナマで食べれば、普通の野菜に含まれている発癌物質や急性毒性物質や慢性毒性物質をそのままそっくり食べることになります。

新品種ができると言うことは、遺伝的な変化は必ず起こっているはずです。
しかし、通常の品種改良でつくられる新品種に対して、どのように遺伝的に変化したかは全くチェックされていません。

遺伝子がどのように変化したかわかりませんから、その結果つくられるタンパク質の構造がどのように変化し、そのタンパク質の機能がどのように変化したかわかりません。

あるいは、ある遺伝子の発現調節の部分が変化したのであれば、その遺伝子の転写・翻訳の段階で何らかの変化が起こり、発現するタイミングや発現量に何らかの変かが生じるはずですが、どのような変化が起こっているかは全くチェックされていません。

チェックされないのは、くどいようですが、チェックする必要があるというルールがないだけで、チェックしなくても安全であることがわかっているからではありません。

このような誠に恐ろしい新品種や新種が毎年多数スーパーなどに出まわっているわけです。
もし、遺伝子組換え食品のリスクを心配するのであれば、真っ先に心配しなければならないのは、このような全くチェックされていない新品種や新種のほうではないでしょうか。

私がいつも不思議に思うのは、遺伝子組換え食品に対して不安に思ったりもっとしっかりチェックしろという人たちが、なぜ毎年新しく売り出されている新品種や新種を心配しないのかと言うことです。

こちらのほうが圧倒的にリスクは高いです。


○つぎに二つ目の絶対的安全の問題
組換える前の品種の絶対的な安全性はないということをふまえて、遺伝子組換えをすることに対する安全性の評価の考え方をみてみましょう。

遺伝子組換え技術に対しても絶対的な安全を求めるのはナンセンスだという話です。

遺伝子組換えされた食品に、絶対的な安全を求めたり、あるいは、リスクがあるはずだからそのリスクを隠さず話せという人たちがいますけど、そもそもその前提がおかしいぞという話でもあります。

一般的に食品として総合的な安全性を評価する方法はありませんから、実際に組換えをやる前の食品の安全性の評価はなされていません。
遺伝子組換え食品の安全性を評価する場合、組換える前の食品と比べてどの程度違いがあるのか、ないのかを評価するしかありません。

そのためのチェック項目は膨大なもので、可能性が非常に低くても、考えられる限り最大限のチェック項目を設定し、徹底的に検査されています。

そのチェックの結果、組換える前と比べて特段リスクが増した事実がないと評価されたものが認可されるわけです。

ここでも絶対的な安全が評価されたわけではありません。

考えられる限りのチェックはなされていますが、これで完璧というわけではありませんし、もちろん、現在の技術や考え方で考えられる限りという条件もついていますから、将来どのように評価が変わるかもわかりません。

ただ、最大限のリスク評価をした結果、特段のリスクはないというものだけが認可されて、輸入や栽培などが可能になるというだけの話です。

ここにも絶対的な安全という話はどこにも出てきません。
さらに、絶対的ではないけれども、考え得る項目をチェックして、それに合格したものだけが認可されるわけですから、「認可された品種に対して、リスクがあるはずだ、リスクを隠さず話せ、リスクをきちんと説明すべきだ」、といっても、無いものをあると言えませんし、隠すことができませんし、説明することもできません。

もし、ここで、そのようなリスクがあることがわかっているのであれば、チェックに通らないわけですから、そもそも認可されません。

組換える前と比べて、特段のリスクが見られないから認可されるのだと言うことが前提のはずです。


従来の品種改良食品の安全性チェック
くどいようですが、組換える前の食品に対して、植物体そのものの統合的な安全性のチェックは全くなされていません。

例えば、ある品種から別の品種を新たにつくった場合、遺伝的に何らかの変化が起こっているはずで、運がよければどのように変化したかわかります。
その結果、その遺伝子の発現レベルや、その遺伝子由来のタンパク質の構造や機能の変化がわかります。
したがって、これらのデータを集め、発現量に変化があるのか、どのようなタンパク質機能に変化があるのか調べることができるわけですが、このようなチェックは全くなされていません。

この場合、チェックする方法があり、場合によっては食品としてリスクが増大するという結果になる可能性も十分に考えられます。

なぜなら、どの遺伝子が変化するかは全くの偶然ですから、変化した遺伝子によっては人が食したときに健康被害が生じ得る変化になることは十分すぎるくらい予測できます。

これは幸運な場合であって、一般に品種改良によって変化する遺伝子は複数あるはずで、この変化した遺伝子を全てピックアップすることは、実質的にできません。
したがって、どのように遺伝子レベルで変化したかわからないわけですから、変化した遺伝子の発現様式やその遺伝子由来のタンパク質の構造や機能のチェックはできません。

一方、遺伝子組換え食品の場合は、はじめから変化する遺伝子がわかっていますから、その遺伝子の発現量やその遺伝子由来のタンパク質の構造や機能が調べられ、食したときの安全性がチェックされるわけです。

このように、有効な安全性のチェックシステムがあるのは、遺伝子組換え技術でつくられた新品種だけであって、通常の品種改良でつくられて新品種に対してチェック体制は全くありませんし、チェックそのものも全くなされていません。

このような現実は、非常に重いと言うことが簡単にわかると思います。


遺伝子組換え食品の安全性のチェックは正しく機能しているのか
遺伝子組換え食品の安全性チェック項目の中にアレルギー性の可能性というのがあります。

食べた食品由来のタンパク質は、一般的には強酸性の胃の中で胃に存在するタンパク質分解酵素の助けを借りて部分的に分解されます。
しかし、中には分解されにくいものや、部分的に分解されたもの(ペプチド)が安定的に存在することがあります。
そうであっても、多くの場合は腸へ行ったときにさらに分解されるのですが、時には、その安定なペプチドが吸収され、アレルギーの原因となるアレルゲンになることが非常にまれですがあり得ます。

そのようなアレルゲンになりやすいアミノ酸配列はある程度わかっていて、そのデータベースも構築されています。
つまり、あるタンパク質のアミノ酸配列がわかっている場合、そのタンパク質がアレルゲンになる可能性があるかどうかはアミノ酸配列を見ただけである程度予測できます。
しかし、この予測は完璧というわけではなく、アレルゲンになりやすいアミノ酸配列があったかららといって、必ずしもアレルゲンになるわけではなく、また逆に、そのような配列がないことがアレルゲンにならないという保証にもなりません。

あるタンパク質に実際にアレルギー性があるかどうかということは、人工胃液で分解してみて、どのように分解されるか、分解物がどの程度安定であるかをチェックして、なおかつ、そのタンパク質にアレルゲンの可能背を持つアミノ酸配列があるかどうか検討されます。

両方とも検査に引っかかれば、アレルゲンの可能性が高いという判定になります。
誤解してはいけないのは、必ずアレルゲンになるというわけではありません。
アレルゲンになる可能性が高いというだけで、実際にアレルゲンになるかどうかはわかりません。


スターリンク事件とはどのようなものであったか
スターリンク事件というのが過去にありました。
アメリカで飼料としては認可されているが食品としては認可されていない(日本ではどちらも認可されていない)品種のトウモロコシがあって、これが食用に混じっているという事件です。

そもそも流通の段階で起こった可能性がある事件ですから、安全性の話とは別のようにみえますが、この事件でとんでもない話が流布しました。

スターリンクはアレルギーを引きおこす品種で危険だ。
もっと発展して、遺伝子組換え技術はアレルギーを引きおこす物質をつくる技術で危険だ。
実際に、アレルギー性の危険性だけを根拠として、それ根拠だけで書かれた本が複数あります。

では、先の項で解説したことをふまえて、この事件を検討してみましょう。
スターリンクがアメリカにおいて飼料として認可されて、食用として認可されなかった原因のひとつに、人工胃液による分解結果があります。

先に説明したように、スターリンク由来の導入遺伝子からつくられるタンパク質を人工胃液で分解したところ、分解物が非常に安定であることがわかりました。
しかし、アレルゲンのデータベース検索したところ、このタンパク質にはアレルゲンになりそうなアミノ酸配列は含まれていないことがわかりました。

したがって、人工胃液のチェックにだけ引っかかったわけですが、厳密なチェックシステムにしたがって、予防原則からこのスターリンクという品種を人の食用とすることは認可されませんでした。

実際には、この品種を食べて健康被害が生じる可能性はかなり低いわけですが、それでもこの安全性チェックのために不認可になったという事実は、この安全性チェックシステムが有効に機能していることの証明にもなると思います。

このような事実があるわけですから、よく遺伝子組換え食品を反対している人たちが書いているように、スターリンクにアレルギー性があることがわかったわけでもスターリンクを食べてアレルギーが生じたわけでもありませんし、そのような報告は今のところ皆無です。

くどいですが、スターリンクの場合、アレルゲンの可能性を示すアミノ酸配列はなく、人工胃液の結果が悪かっただけであって、アレルゲンになり得ることが確認されたわけでもなく、またアレルギーが確認されたわけでもありません。


ゲノムを理解するとは 自転車に乗れるようになった瞬間の爽快感と同じこと
「安心・安全」が呪文のようによく唱えられます。
「安全」は科学の範囲内、「安心」は科学外のことで信じるか信じないかといった話だ、とよく言われます。

遺伝子組換え食品の安全性を理解するためには、科学的に話ができる「安全」を理解することで、「安心」が得られると考えています。
「安全」の理解なくして「安心」はないということです。

「安全」を理解するためには、少なくとも「ゲノム」の理解が必要だと考えています。

もちろん、このような理解がないことを責めているわけではありません。
だれでもどんな項目に対しても最初は無知ですから、知らないことは恥ずかしいことではありませんし、私も知らないことはたくさんありすぎるほどあります。
たまたま、この分野に関して知っているだけです。

ただ、「安心」を得ようと思っても、簡単に誰かから与えてくれるわけではなくて、ある程度の努力は必要ではないかなということです

その必要な努力とは、ゲノムを理解することです。


シンポジウムでは自転車に乗れることのたとえ話をしました。
短い時間でいいたりなかったのですが、言いたかったことは概ね次のようなことです。

だれでも自転車に生まれながらにして乗れるわけではありません。
多くの人は、何度もこけながら、けがもしながら、あるいは泣きながら、練習をし、その結果乗れるようになったはずです。

心地よい達成感を味わい、さらに風を切って走ることに爽快感を覚えたはずです。

いったん乗れるようになれば、なぜ乗れなかったのが不思議なくらい自転車に乗ることは簡単なことがわかります。
数十年乗ったことが無くて、久しぶりに乗っても、簡単に乗りこなせると思います。

ゲノムの理解に限らず、どのような理解も同じことのはずです。
ゲノムを理解するのは、もちろん簡単なことではありません。
こけながら、泣きながら自転車に乗れるように練習したように、理解するための努力は必要です。

その結果、自転車に乗れるようになって風を切って走れるようになった爽快感と同じように、ゲノムを理解した瞬間、多くの見方が激変するはずです。

安全性の問題も簡単に理解できるようになります。

逆に言うと、ゲノムの理解なしに、安全性の問題などの遺伝子組換え食品にかんする諸問題は理解できないと思いますし、またその結果「安心」も得られないと思います。

このゲノムの理解というのは、ゲノムに内包している遺伝子やタンパク質の理解も含めてという意味です。

だからこそ、「やさしいバイオテクノロジー」ではゲノムと遺伝子の説明をくどいほど多方面にわたって、全体を通じて説明しています。
今回の講演でも、解説したつもりです。

このゲノムの理解が得られると、思わぬ副産物がたくさん得られます。
38億年の地球の生命の歴史・進化からはじまって、自分はどこから来てどこへ行こうとしているのか、生命の神秘、死の意味までわかってしまいます。

いろんな意味で、価値観が激変するはずです。

他人を見る目や、道ばたの雑草を見る目や、クモやゴキブリを見る目や、食品である野菜や果物や家畜や海産物を見る目が激変するはずです。

いったん自転車に乗れる爽快感を味わってしまうと、つあり、ゲノムを理解する側に来てしまうと、あらゆるものの見方が変わってしまいます。

そういう意味でも、ゲノムの理解はおもしろいですし、その爽快感をまだ味わっておられない方はもったいないなと言う思いもあります。


遺伝子くみかえの法則
講演では時間がなくて、遺伝子くみかえの法則について説明できませんでした。
この法則のどこがおもしろいのかを伝えることができませんでした。
そこで、この法則のおもしろさ、有用性について少し補足することにします。

遺伝子くみかえ には次の3通りの表記があります。

遺伝子組換え 遺伝子組み換え 遺伝子組み替え

この三者にある程度の法則があり、化学的な正確さや好き嫌いが三つに分類できるというものです。


私の個人Webサイトには、いろんなデータや写真のリンクが張ってあります。

「遺伝子組みかえの法則」(すべてPDFファイル)
(「遺伝子組換え」「遺伝子組み換え」「遺伝子組み替え」表記の違い)
・一般書籍
 データ http://www2.biglobe.ne.jp/~ashida/kurekousen/GMO2.pdf
 グラフ http://www2.biglobe.ne.jp/~ashida/kurekousen/GMO2-2.pdf

・高等学校・中学校教科書
 データ http://www2.biglobe.ne.jp/~ashida/kurekousen/GMO.pdf
 グラフ http://www2.biglobe.ne.jp/~ashida/kurekousen/GMO-2.pdf

・NON-GMO飼料使用を宣伝している食品
 牛乳一覧 http://www2.biglobe.ne.jp/~ashida/kurekousen/NonGMOmilk.pdf
 牛乳写真 http://www2.biglobe.ne.jp/~ashida/kurekousen/milkphoto1.pdf
  なぜか「遺伝子組換え」派

 鶏卵一覧 http://www2.biglobe.ne.jp/~ashida/kurekousen/NonGMOegg.pdf
 鶏卵写真 http://www2.biglobe.ne.jp/~ashida/kurekousen/eggphoto1.pdf
  なぜか「遺伝子組み換え(組替え)」派

・「遺伝子組換え不分別」表示の食品
 生協一覧 http://www2.biglobe.ne.jp/~ashida/kurekousen/hubunbetu1.pdf
 生協写真 http://www2.biglobe.ne.jp/~ashida/kurekousen/hubunbetuP1.pdf

 イオン一覧  http://www2.biglobe.ne.jp/~ashida/kurekousen/hubunbetu2.pdf
 イオン写真 http://www2.biglobe.ne.jp/~ashida/kurekousen/hubunbetuP2.pdf

・おまけ:茨城県の遺伝子組換え農作物試験圃場の写真
 http://www2.biglobe.ne.jp/~ashida/kurekousen/tsukuba.pdf


例外がありますけど、概ね、次のような傾向があります。

科学者、お役人、法律用語などでは「組換え」が使われます。
おもに科学的な話題の文章にみられ、科学的に正しい場合が多い。

新聞・テレビや遺伝子組換えを嫌っている人たちは「組み換え」を使います。
科学的に正確でない文章が多く見られます。

「組み替え」を使った文章は論外で、科学的にも大きく間違っていたり、論理的にもおかしい場合が多い。

GMOを主なテーマにした一般書籍はこれまでに80冊ほど出版されています。
「組み換え」が多いのですが、21世紀に入ってから「組換え」が増えてきています。

同じ話題でも「組換え」本と「組み換え」本では書いてある内容が異なります。
ですから、まず勉強を始めるときには、「組換え」本を先に読むことをお薦めします。
そのあと余力があれば「組み換え」本を読んでみますと、おもしろいことがいろいろ発見できます。


高等学校の教科書にみられる遺伝子組換え表記もまとめました。

その結果、理科系の科目は全て「組換え」でした。
ところがおもしろいことに、社会科目の現代社会や中学校の公民では「組換え」は一冊もありません。

記述内容も、理科の科目はさすがに科学的に正確かつ丁寧に書いてあります。
ところが、現代社会はどの出版社でも遺伝子組換え技術について否定的に書いており、公害問題や食中毒並みの扱いです。
なかにはグリーンピースの活動を好意的に紹介している教科書まであります。

つまり 「組換え」は科学的、 「組み換え」は嫌いな人が使う、
という法則が、ぴったり当てはまります。


天然農薬と人工農薬
遺伝子組換え食品を家畜のエサに使うことを嫌う人がいます。
これまでの話を聞けば、それが滑稽に見えるのもおわかりいただけるのではないでしょうか。

牛乳、鶏卵などの食品のラベルを見ますと、
遺伝子組換えトウモロコシを使っていません。
天然の種子のみを使っています、と書いてあるのがあります。

これを天然信仰と呼んでいます。

野菜や果物が完璧に安全というわけではありません
くどいですが、遺伝子組換え食品が完璧に安全というわけでもありません。


植物は基本的には動けません。
外敵はたくさんいます。
そこで、自分を守るために化学物質をつくることで対応しています。
これを生体防御物質といいます。

植物にとって都合のいい物質を作るのが進化の過程で生き残ってきました。
何億年も前から存在している植物にとって数十万年の歴史しかない人間は特別な存在ではありません。

ヒトに無害で外敵に有害な物質をつくる必要がありませんから、ヒトにも有害な化学物質をたくさんつくっています。そのような化学物質はいろいろ見つかっています。
植物が作る生体防御物質は天然農薬であり、天然殺虫剤といえます。
一般にヒトにも害です。

品種改良する目的の一つに、天然農薬が少なくなるように改良することがあげられます。
すると、病気になりやすいなど生物学的に弱くなります。
したがって、農薬を散布するなどヒトの手助けが必要になります。
ヒトの手助けがない限り育たない品種に変わっていきます。

人間には脳があります。
野菜や果物に害になる生物に効果があって、ヒトには害がほとんどない物質を探し、作る能力があります。

実際にその都合のいい物質があって、そのタンパク質の遺伝子が組換えに使われています。

植物が作る非選択的天然農薬を少なくして選択的農薬を利用しているわけです。

よく使われる除草剤のグリホサートの急性毒性は5g/kg体重です(食品安全委員会のWebサイトより)。
60 kg のヒトなら、300 g が半数致死量になります。
これは食塩のそれより大きい数字ですので、グリホサートは食塩より安全性が高いと言えます。

このような都合のいい人工農薬があるわけですから、これを利用しない手はなく、実際、除草剤耐性遺伝子組換え食品を作るときの除草剤に利用されています。

天然が一番ではありません。
実は世の中には天然農薬の量をわざわざ増やした野菜が売られています。
それは、無農薬野菜と呼ばれています。
無農薬栽培を続けていきますと、せっかく天然農薬を減らしていたのに、植物が無農薬でも生きていく必要が生じましたから、植物が天然農薬を作り出すわけです。

実際に、無農薬栽培を続けることで天然農薬の量が増えたという結果があります。

無農薬野菜が危険だから食べるなという話ではありません。
実際には健康被害という目に見える形で違いがあるわけではありません。

天然なら安全・安心、遺伝子組換えなら危険、という天然信仰がおかしいという話ですので、誤解がないように。


食べた遺伝子はどうなるのか
私たちはヒト以外の生物を食べて生きています。
つまり、他の生物の細胞、DNA、遺伝子、ゲノムタンパク質などを食べて生きています。

遺伝子を食べたことがないとか食べたくないというのがナンセンスなことが、これでわかると思います。
遺伝子やその本体であるDNA自身が危険物質というわけではありません。
問題は、遺伝子によってつくられるタンパク質の働きです。

牛や鶏が遺伝子組換えトウモロコシであろうが、組換えでないトウモロコシであろうが、食べた牛や鶏はそのトウモロコシを消化してから吸収します。

トウモロコシに含まれるタンパク質やDNAがそのまま吸収されることはありませんから、組換えた遺伝子の性質やその遺伝子由来のタンパク質の性質が残っているわけではありません。
構造が壊れますと、その性質も壊れます。
このような考え方は、「遺伝子」と「組換え」の理解でわかるのではないでしょうか。

遺伝子を食べることで子孫に影響はないのかとか、長期摂取しても影響はないのかとか、昆虫が死ぬタンパク質をヒトが食べても大丈夫なのかという意見をよく聞きます。
食べたDNAやタンパク質は基本的には分解されます。
食べたDNAやタンパク質がそのまま機能を持ったまま吸収されるわけではありません。

人体への影響や環境への影響について考えるとき、ゲノムと遺伝子の視点で考えて欲しいと思います。
そして、遺伝子組換え技術を問題にするのであれば、従来の品種改良技術との違い、それによってつくられた伝統食品との違いに目を向けて欲しいと思います。




やさしいバイオテクノロジー 血液型や遺伝子組換え食品の真実を知る (サイエンス・アイ新書)
ソフトバンククリエイティブ
芦田 嘉之

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