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zoom RSS ○遺伝子の多型 多様性と病気・異常

<<   作成日時 : 2006/06/17 23:59   >>

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[SI新書]やさしいバイオテクノロジー 血液型や遺伝子組換え食品の真実を知るも参考にしてください。
まず断っておかないといけないことは、病気の遺伝子というのがあるわけではないことである。
正常の場合であれば、ある働きを持つタンパク質を作る遺伝子が、突然変異などにより何らかの変化が起こって、DNAが化学修飾を受け、正常とは異なるタンパク質を作るようになり、その結果いわゆる病気になることがある。そのとき、この遺伝子がこの病気に関与していることになる。原因ではない。
もともと病気を引き起こすための遺伝子というのがあるわけではなく、ある正常なタンパク質を作る遺伝子が変異することで別の働きをするタンパク質を作るなどの変化が起こり、その結果いわゆる病気などになる。

単一の遺伝子の変異とある病気がよく対応することがある。単一遺伝子病(モノジェニック)である。
その例は多数見つかっている。
一般に、モノジェニックの場合、その診断も確定しやすく、遺伝子治療などの治療法により治癒の可能性もある。
また治療法の確定しているモノジェニックでは積極的にその原因遺伝子の判定を行うことで早期治療が可能である。治療法の確定していないモノジェニックの遺伝子診断には賛否両論ある。

たとえば、フェニールケトン尿症という病気がある。あるひとつの遺伝子の変異のみで発症し、両親がヘテロである場合のみ、4分の1の確率で発症する子が産まれる。いわゆる劣性遺伝病である。

治療しなければ先天性代謝障害による精神薄弱児となる。
さいわい、予防法(治療法)は見つかっている。
原因がはっきり分かっていて、フェニルアラニンヒドロキシラーゼというアミノ酸代謝に関わる酵素の遺伝子が欠損していることで、高フェニールアラニン血症となる。
生後間もない時期にフェニールアラニンをあまり含まない食事を一定期間与えるだけで、発症を食い止めることができる。これをやらずに通常の食事を与えると発症してしまう。

つまり、産まれてくる前に、その子の遺伝子型を調べ、出産後直ちに治療に移されれば、発症せずにすむことになる。したがって、どのような遺伝子型の子が妊娠中であるかを知ることが、病気を食い止める最良の方法ということになる。
このように、両親ともに原因となる遺伝子がヘテロであるとわかっている場合は、積極的に遺伝子診断がおこなわれる。
また、この例のように、予防法がわかっているモノジェニックの場合は、米国などの多くの国で全員の新生児の尿や血液をスクリーニング検査するところがあり、義務づけられている病気もいくつかある。


一方、糖尿病や高血圧といったいわゆる生活習慣病などの場合、多遺伝子病(ポリジェニック)であると見られている。
関係する遺伝子が多数絡んでいるため、その病気の全容はなかなか明らかにはならず、治療法もなかなかみつからない。
ひとつの遺伝子が機能しなくなっても他の遺伝子が補完的に働いたり、協調的に働いたりして、それらの遺伝子の発現様式が複雑なため、まだ遺伝子間のお互いの相互作用まで充分な解明がなされていない。

病気に関連する遺伝子数は8000〜9000あるといわれている。
平均してヒトは数百個の変異遺伝子を持っているともいわれている。

親から受け継いだゲノムの中に病気に結びつく遺伝子を持っていた場合、この遺伝子はさらに子へも引き継ぐことになる。このような遺伝子に関わる病気は遺伝する。

一方、生得的に突然変異などにより変異を受けた遺伝子が病気にかかわることもある。
この場合、この変異が生殖細胞系列に取り込まれない限り子孫に遺伝することはない。

多くは配偶者も変異があって初めて発病する劣性遺伝病のため、変異遺伝子をひとつ持っていても発病しない。
親近結婚の場合、同じ変異遺伝子を持っている確率が高いため、その子の変異遺伝子がホモになる可能性が高いため、発病の危険性が高くなる。これが親近結婚を否定する理由である。
親近結婚でない遺伝病の多くは偶然の結果である。

遺伝子の変異が病気にかかわると書いたが、病気と病気でない状態との区別は実はそう簡単ではない。
血液型のような多型と病気との区別もできない。

たとえば、ABO式の血液型の場合、対立遺伝子のうちA型あるいはB型遺伝子が正常であると決めると、O型遺伝子はA型遺伝子のナンセンス変異によって生じたタイプであるから、当然異常ということになる。
しかし、血液型がA型、B型やAB型は正常でO型は異常、あるいは病気であるといった言い方はしない。
肌の色が白い場合や目の色が青い場合や金髪の場合は、それぞれ、肌を黒くしたり目の色を褐色にしたり髪の毛を黒い色にしたりする遺伝子の欠損によって生じる。
したがって、それぞれの色素を作る遺伝子を持っている場合が正常で、持っていない場合は欠損症という病気であるとするならば、青目の金髪白人は肌の色素をつくる遺伝子欠損症であり、目の色素をつくる遺伝子の欠損症であり、髪の毛の色素をつくる遺伝子の欠損症ともいえるが、いわゆる白人をそのような欠損症として呼ぶことはない。

ところが、たとえば、色盲は病気であり色覚異常者であり色覚障害者であると決めつけられている。
しかし、遺伝子レベルでの変異を見た場合、色盲と青目や金髪の区別はまったく付けることができない。
なぜ、色盲は病気で異常者で障害者と呼ぶのに、青目の金髪白人は病気や異常者や障害者ではないのか?
色覚の多様性や目・髪・肌の色の多様性や、血液型の多様性など、すべて単なる遺伝子の多型である。

なお大急ぎで補足しておくが(このような補足が必要なこと自体情けないことではあるが)、現在「色盲」という言葉は、一般には使われない。
たとえば、共同通信社の「記者ハンドブック 新聞用字用語集 第9版」によれば、「色盲」は「差別語、不快用語などで言い換えをするもの」に該当し、「色覚障害」と言い換えなければならない。
しかし、本来「盲」ということばに差別的意味合いは含まれていない。その語を使う人の考え方により差別感が付加されるだけである。
むしろ、「障害」とか「異常」と言い換えるほうが、よほど差別感のある言い方であると言えないだろうか。
「色盲」は色覚「障害者」でも色覚「異常者」でもない。もちろん「色弱」でもない。色覚が「不自由な人」でもない。
なぜこのような簡単なことがわからないのであろうか?

このような特定の多型への不当な差別は決して許されるものではない。

遺伝子の変異、という言葉を使うときも、なにが野生型でなにが変異型かという決定方法は、実は思ったほど簡単ではない。
立場や考え方が違うと、同じ遺伝子の変異であったとしても、そのとらえ方が正反対になることもある。

ヒトは動物の一種でもあるが、人として社会的な生き物でもある。
世間とはちょっと違う形質を見つけると、それが差別の対象になったりする悲しい性(さが)を持っている。
遺伝子のレベルで見れば、それは単なる多型であったとしても、いったん差別の対象になると容易にはそれを払拭することはできない場合が多い。
その遺伝情報の多型は100万から300万もある。
どうしても発現する形質の多い方を、あるいは政治的に発言力の強い方を正常だと決めつけたがる傾向がある。
しかし、当然のことであるが、善悪や優劣は多数決では決められない。

ヒトは産まれながらにして遺伝的に不平等である。
遺伝的に数100万の多型があるのだから、ヒトは平等であるわけがない。イデオロギーとしての平等はあり得ても現実には遺伝的に不平等である。
これは明確な事実であり、自分で変更することはできない。
変更できないからこそ、この事実(変更できない遺伝的不平等)でもって差別することは絶対にしてはならない。

そのことを充分にふまえれば、遺伝的多型を「多様性」と認識するか、あるいは「正常・異常」と色分けするかによって、考え方が大きく変わることがわかるであろう。後者の考え方から差別が生まれる。前者の考え方からは差別意識は生まれない。
色盲を色覚異常や色覚障害と言い換えるのは、差別を解消しているのではなく、明らかに新たな差別を作っている。
色覚「障害者」と健常者とを白黒はっきり区別をしないといけない理由は何なのであろうか。分ける必要があるから「障害者」などと言い換えるのであろうが、では何処で線引きしているのか。正常な色覚とはいったい何なのか。遺伝的にも医学的にもその線引きはできない。

境界があると思っているのは、「健常者」と自認している奢った人の頭の中にしかない。

病気とは何か。仏教の教えではとっくの昔に答えが出ている。
以前、四国のある禅寺で説教を受けたことがある。もちろん、公案ほど難しくはないが、数時間話し合ったことがある。
(ちなみに、四国八十八、新四国八十八を含む200寺以上のお寺に行って、多くの和尚さんのお話をうかがう機会を得た)
病気の話になったのは、私が癌の研究者だと名乗ったからかもしれない。
そのときの和尚さんの話は、般若心経にある「色不異空 空不異色 色即是空 空即是色」のことだと後になって気がついた。
「五蘊皆空」「無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法」ことでもあろう。当時はまだ般若心経を深く勉強していなかった。
そもそも病気とは何か。なぜそのような状態はあるのか。
「ある」は「ある」し、「ない」は「ない」。「ある」は「ない」し、「ない」は「ある」。
あると思えばある。あると思うからある。これらの「ある」と「ない」の組合せ。
知らないということを知る。無知の自覚。分かるということはないと知る。
病気という存在は、はたして「ある」のか。苦しみとは。痛みとは。それらは本当に「ある」のか。
わたしは禅師ではないのでうまく書けないが、上のような話であった。


辞書類による「病気」の定義は次の通りである。
(いずれの場合も「異常」とそうでない状態の境界はさっぱりわからない)

・大辞林「肉体の生理的なはたらき、あるいは精神のはたらきに異常が起こり、不快や苦痛・悩みを感じ、通常の生活を営みにくくなる状態」
・日本語大辞典(学研)「肉体(または精神)の生理的な働きに異常が起こり、苦しみ悩む状態」
・広辞苑「生物の全身または一部分に生理状態の異常を来し、正常の機能が営めず、また諸種の苦痛を 訴える現象」
・生物学辞典(岩波)「個体の秩序が何らかの原因により変倚した状態」

WHOの健康の定義に「健康とは、身体的、精神的そして社会的に完全に良好な状態にあるのであって、単に病気でないとか虚弱でないとかというこのではない」というのがある。
いやな文である。
日本の教育界では、この定義を暗記させる。その結果、多くの日本人はこの定義をそらんじることができる。しかし、その意味することはあまり教えず、深く考えようともしない。WHOが決める健康な人はいったい何処にいるのだろうか。

わたしは、この定義文は世界で一番差別的な文章であると思う。これ以上の差別を目にしたことはない。
やさしいバイオテクノロジー 血液型や遺伝子組換え食品の真実を知る (サイエンス・アイ新書)

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内 容 ニックネーム/日時
あのね、色素欠落の病気の人は通称アルビノって言って、色素が欠落するから金髪になったりするの。色素欠落の度合いが小さい人は茶色とかだけど。
それで、白人が金髪なのはメラニン色素の違い。日差しから目や瞳を守る必要が無いから色素が薄いの。
前者と後者は全然意味が違うのよ。分かる?

それと、白人=金髪じゃないからね。
マリン
2009/11/24 16:46

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