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zoom RSS ○男系とY染色体と知の巨人

<<   作成日時 : 2006/10/03 01:03   >>

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 天皇家の存続が心配されています。2006年9月、秋篠宮ご誕生以来41年ぶりに秋篠宮家に男児が誕生しましたが、それでも皇統が細いのは確かです。
 日本国憲法第2条によると
「皇位は世襲のものであって,国会の議決した皇室典範の定めるところにより,これを継承する」
と書いてあります。
 そこで皇室典範をみると、その第1条に
「皇位は皇統に属する男系の男子が継承する」
と書いてあります。
つまり、皇位継承は世襲であって、男系の男子に限ることになります。

 現行法では女性天皇は認められていませんし、女子は結婚と同時に皇族の身分が剥奪されます。
現に、今上陛下の長女は結婚と同時に民間人になられました。
今上陛下の弟や従兄弟にあたる宮家にも皇位継承権が与えられています。その子孫は秋篠宮より若いですが、5名とも女性です。

 そこで、小泉純一郎元首相の私的諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」が組織され、2005年1月25日、初会合が開かれました。
その座長には、なぜか専門外のロボット工学者が選任されました。
最終報告書の「皇室典範に関する有識者会議報告書」(pdfファイルで82ページ)は2005年11月24日に発表されました。
しかし、せっかく頑張って議論(お勉強会だったが)したにもかかわらず、首相の気まぐれで空中分解しました。

 議論になったのは2点で、女帝と女系です。

 女帝にかんしては過去に推古天皇や持統天皇などの例があり、多くの世論調査等でも異論がないため、問題なくクリアされるでしょう。
問題は女系です。
過去に女帝は10代6方いたが、いずれも男系の女性天皇であり、神武天皇以来男系は維持されています。
この男系を、遺伝子の立場から見てみるとよく理解できます。

 男系というのはY染色体の継承のことです。
Y染色体は他の染色体と違って減数分裂の時に交叉がほとんど起こらないため比較的保存された状態で子孫に伝わります。
つまり男児のY染色体は父親のY染色体をそのまま継承します。
X染色体や常染色体(第1から第22)はいずれも減数分裂の時に交叉が起こり、女系・男系に関係なく組換えられた染色体が継承されます。
ある人の染色体は、8人の曾祖父母から平均して8分の1ずつ受け取った染色体の混合物です。
単に8分の1受け継ぐのではなくて、減数分裂時の交叉でグチャグチャになった染色体が受け継がれています。
10世代さかのぼったり、自分の10世代後に自分の染色体がどのようになっているか想像するとわかりますが、ゲノムレベルで遺伝情報の伝達を見てみると、そうとうグチャグチャなモザイクになった染色体が伝わることがわかります。

 そんな中で、Y染色体はかなり特殊です。
Y染色体もいちおう、減数分裂の時にX染色体と交叉します。
しかし、交叉する領域は末端の一部分だけで、Y染色体の大部分はそのまま残ります。
つまり、Y染色体だけ父親から息子へダイレクトにそのままそっくり多くの遺伝子セットのまま継承されます。
この点、Y染色体は他の染色体と比べて遺伝情報の伝わり方が大きく異なります。
この事実と男性にしかY染色体がないということから、男系の説明にY染色体の特殊な性質が利用できることがわかると思います。

 このことから、今上陛下が神武天皇以来の男系を維持した状態でその皇統が継承されているという神話が真実であれば、今上陛下や皇太子、秋篠宮のY染色体は神武天皇のY染色体を2666年間受け継いでいることになります。
今上陛下は125代です。
皇統の途中に女帝を認めても、女性にはY染色体がないことから、神武天皇のY染色体は現在にいたるまで維持されています。

 これが「天皇」です。

 女帝と神武天皇のY染色体を持たない男性との間に生まれた男児は、その男性のY染色体を持つことになるため、もしその男児が即位すると女系の天皇が誕生することになり、2600年以上続いてきた男系は断絶します。
すなわち、女系の天皇は、もはや「天皇」ではありません。

 現行の皇室典範の改定では、いわゆる「女系天皇」が焦点になっています。
「有識者会議」の報告書通りに皇室典範が改定されれば、新しいY染色体を持った「天皇もどき」が誕生することになります。
つまり、上に述べたように、2666年間続いてきた天皇家の男系歴史に終止符が打たれ、日本史上はじめて王朝が交代することになります

 「天皇制の廃止」を目論んでいる人たちは、いわゆる「女系天皇」を認める意見に積極的です。
なぜなら、一度でも女系の天皇が誕生すれば、皇統の根拠を失うため、「天皇制の廃止」が実現するからです。

 「天皇制を維持するために女系天皇を認める」

 この授業では、「遺伝子」をはじめとして、多くの術語を正しく理解して使えるようにすることも目標にしています。
上記のフレーズはその練習問題として最適です。
このフレーズには多くの矛盾が含まれていることが容易にわかるでしょう。

 まず、「天皇制」という言葉。
これは戦前の日本共産党の造語です。
すなわち「天皇制」という言葉は「廃止」させるために存在する言葉であって、「維持」するために使う言葉ではありません。
「天皇制」は特定のイデオロギーにもとづいた言葉です。
現在の多くの保守主義者の論文を丁寧に読んでみるとわかりますが、「天皇制」という言葉は意識して使っていません。

 「皇室典範に関する有識者会議報告書」も「天皇の制度」という言葉は使っていますが「天皇制」は一度も使っていません。
これほど「天皇制」という言葉は気を遣って使われています。
残念ながら保守党のはずの自由民主党の多くの国会議員は首相を含めて「天皇制」という言葉を平気で(無神経に)使っています。

 さらに「女系天皇」なる言葉。
これは根源的に存在しえません。
「女系天皇」という天皇は存在しません。
「女系天皇」は天皇もどきであって天皇ではありません。
もし女系の天皇が即位すると、その時点で天皇は不在になります。

 そもそも「男系天皇」も「女系天皇」も存在しません。
天皇は天皇であって、それは男系に限られます。
先の「皇室典範に関する有識者会議報告書」もこの点を考慮していて、「女系の天皇」という言葉を使っています。
「女性天皇」は現に存在するので、報告書で何度も使っています。

 おもしろいことに、「報告書」の結論(「結び」)のところで一度だけ「女系天皇」という言葉を使っています。

「我が国の将来を考えると、皇位の安定的な継承を維持するためには、女性天皇・女系天皇への途を開くことが不可欠であり」
とあります。

 すなわち、報告書の最後にあらたに「女系天皇」制度を作りましょう、といっています。
新しい王朝をわずかな「有識者」によるわずかな議論で無理やり作ろうと提案しています。
(このテキストでも「天皇制」や「女系天皇」は地の文では使っていません)。

 女系の天皇の導入に積極的な小泉さんが女系の天皇に反対する人に向けて、2006年1月27日に、
「女系天皇を認めないという議論は、仮に愛子さまが天皇になられたときに、そのお子さんが男でも認めないということ。それをわかっていて反対しているんですかね」
と言っていた。

 わかっていないのは小泉さんです。
この発言から首相の無知蒙昧ぶりが露呈しています。
後に、小泉さんは「女性天皇」と「女系天皇」の区別がついていなかったと一部に報道されました。
もしこの報道が本当であれば、あまりにも無邪気すぎます。
危うく、郵政民営化の二の舞になるところでした。

 先の練習問題のフレーズが成立しないことから明らかなように、愛子様と神武天皇のY染色体を持たない男性とのあいだの男児や女児が即位しても天皇を名乗ることはできず、その時点で天皇の制度は終わり、皇統は断絶し、新王朝が誕生します。
小泉さんの論理では、2600年あまり続いた天皇の制度を維持することはできません。

 「有識者会議」には別の問題もありました。
「有識者会議」とは名ばかりで、皇室問題に対する有識者はひとりも存在せず、別問題の「有識者」のための皇室問題の単なるお勉強会でした。
そのお勉強会の最終レポートを発表する場で、座長のロボット工学者は「われわれが新しい歴史を作るのだ」と豪語しました。大変悲しい事件でした。

 知の巨人立花隆氏の「滅びゆく国家―日本はどこへ向かうのか」(日経BP社・2006年)に「第2章 天皇論―女性天皇・女系天皇の行方」という章があり、氏は天皇とY染色体とミトコンドリアにふれています。
天皇とY染色体をリンクさせる考え方が気に入らないらしく、口汚く罵っておられます。
しかし、その中で知の巨人とも思えないとんでもない誤解をたくさんしています。

 「最近男系維持論者がさかんにいいだしていることは、男系の天皇がみな神武天皇と同一のY染色体を伝えてきたというところに、万世一系の天皇の本質があるという主張だ」(同書156ページ)

 いわゆる「男系維持論者」の文章をいろいろ読みましたが、このような極端な主張をする人は見たことがありません。もしいたら確かに変ですね。

 神武天皇のY染色体を持つ男性はたくさんいて、「皇族、あるいは旧皇族だけが、神武天皇のY染色体をつたえているなどということはないのである」(同書157ページ)

 誰がそんなことを言っているのでしょうか?立花氏だけ?

 神武天皇のY染色体を持つことは天皇になるための単なる必要条件です。
十分条件ではありません。
神武天皇のY染色体さえ持っていれば誰でも天皇になれるわけではありません。
まずこの点を氏は誤解しておられます。
Y染色体は男系を説明するのに都合がいいからよく利用されるだけに過ぎません。

 「Y染色体は男性だけに伝えられていくから、男系の直系の天皇なら、神武天皇と同じY染色体が伝えられているはずという主張は半分正しく、半分正しくない。
 正しくない点は、Y染色体といえども、父から息子に伝えられ、代替わりするごとに、少しずつ変異が積み重ねられていくというのが遺伝の法則だから、二千六百年後のいま、皇族につらなる男性といえども、神武天皇と同一の染色体を伝えているということはないということである」(同書157ページ)

 先にみたように、Y染色体は常染色体やX染色体と違って、減数分裂の時に交叉する部分はわずかしかなく、その部分はY染色体独自の部分ではなくX染色体と共通の部分です。
つまりY染色体に特異的な遺伝子はよく保存されたまま息子に受け継がれます。
「変異」が何を指しているかわかりませんし、「遺伝の法則」も何を指しているのかさっぱりわかりませんが(どんな法則を想定しているんだろう?)、単なる突然変異や複製ミスなどであれば、他の染色体と同じ程度しかありませんし、やっぱり何を問題視しているのかわかりません。

 「それにY染色体に、何か人間の価値に直結する形質を示す遺伝情報が含まれているかというと、特別なものは何もないのである。」(同書157ページ)

 知の巨人によればY染色体には特別なものがないそうです。悲しいです。
では、なぜ男性化が起こるのでしょうか。
Y染色体を持たないヒトはなぜ女性なのでしょうか。
Y染色体には非常に重要な遺伝子があり、もしその遺伝子のみがX染色体に転移するとY染色体がなくても男性化します。

 もっとおもしろいのは天皇のY染色体を持つ人の試算です。
この試算は「正しい遺伝学の教えること」(同書157ページ)から来るそうです。
「正しい遺伝学」がかわいそうです。

 過去のある天皇家から仮にふたりしか子供を作らなかったとしても、膨大な数のY染色体を持つ人がいるはずだと試算しています。
どうするかというと、計算を簡単にするため100代として、各代でふたりだけ子どもを残していったとすると、神武天皇の子孫の数は2の100乗人、10の30乗人いることになる。
「日本の総人口(1億人とする)の1兆倍の百億倍というとんでもない数字になる。子孫の半分は女性だろうからそれを半分にする、子孫同士の結婚によるダブりを差し引くなどの、いろんな条件をつけての割り算、引き算をたくさんしていったとしても、神武天皇のY染色体を受け継ぐ人々が、今の日本にゴロゴロいるはずという意味がわかるだろう」(同書158ページ)

 もの凄い計算ですね。「意味がわかるだろう」って、全然わかりません。
しかも、これが「正しい遺伝学」だそうです。悲しいです。

 この計算結果から、天皇のY染色体を持つ人はそこら中にうじゃうじゃいるので、これを天皇の条件にするのはおかしいとのたまっておられます。
この考え、おかしいですよね。
ひと組のカップルからふたりの子どもを残し、そのうちひとりが男児なのであれば、つまり、ひとりの父親からひとりだけ息子を残すわけですから、Y染色体をもつ人の数はどうみても10の30乗人になどにならないと思うのですが。どうでしょう?
ダブりそのものが起こりませんよ。
子孫同士の結婚って、男と男が結婚するの?
Y染色体は男にしかありません。
知の巨人、しっかりしてください。

 そもそも、側室を置いても男系維持が難しかったとの歴史を述べた後に、この計算です。
計算結果がおかしいと思わなかったのでしょうか。

 それ以前に、神武天皇のY染色体を持つと思われる人がゴロゴロいることがなぜ悪いことなのでしょうか。
男系維持論者にとっても、このことは障害にはならないはずです。

 「こういうばかげた主張を封じるために、女性天皇容認論者は神武天皇のY染色体より、はるかに貴いのは、皇室の祖神とされる天照大神由来のミトコンドリアであり、これは女性にしか伝えられていない、という主張でもするとよい。
細胞生物学の知識がある人はよく知るように、ミトコンドリアは女性から女性にしか伝わらない」(同書160ページ)

 皮肉をいったつもりでしょうが、滑っています。
「細胞生物学の知識がある人」は「ミトコンドリアは女性から子孫(男性も女性も)に伝えられる」ことを知っています。
女性から女性であれば、男性のミトコンドリアはどこから来るのでしょうか。
ミトコンドリアは真核生物に共生した原核生物と考えられています。
ヒトとしてのアイデンティティは核ゲノムにあります。
核ゲノムの塩基数に比べ、ミトコンドリアの塩基数は極端に少なく、遺伝子も少なく10個ほどしかありません(核ゲノムは2万数千個)。
この小さなDNAをヒトのアイデンティティに使うという発想は、「細胞生物学の知識のある人」にはないと思います。

「だから、人類の起源を調べるときによく資料として使われ、その資料をもとにイブの最初の子孫は何系統いて、そこからどのような人種、民族が生まれたなどという議論も行われている」(同書160ページ)

 細かいことですが、「資料」という言葉、誤引用ではありません。「ママ」です。念のため。
「人種」の起源をミトコンドリアイヴ(立花氏のいうところの「イブ」)の系統から議論されているそうですが、そもそも生命科学で「人種」の議論など誰もしていないと思いますが。いかがでしょう?
今の生命科学分野で「人種」の定義はありませんし、そもそも「人種」の存在も認めていません。したがって、議論しようがありませんから、議論する人はいないと思いますけど(昔はいました)。
おそらくこの「イブの最初の子孫は何系統いて、そこからどのような人種、民族が生まれたなどという議論」はサイクスの「イヴの七人の娘たち」(ソニー・マガジンズ)がネタと思われますが、そうだとすると、読んでませんね。
ミトコンドリアの研究をすることで、「人種」の存在を否定する結論になったんですけど。
サイクスは「人種」という言葉を先人の業績を引用するときや、「いわゆる人種」の意味で使うときなど、括弧付きでしか使っていません。
たぶん知の巨人は同じサイクスの「アダムの呪い」(ソニー・マガジンズ)も読んでいるはずです。この本はY染色体のおもしろい物語です。

 これらの話をする前に、有識者会議のメンバーに苦言を呈しています。
「この問題で正しい認識に達するためには、もう歴史と伝統の話は十分だから、早く、生物学、遺伝学、DNAの立場から、万世一系だの、性の役割を語ることができる人たちを委員に選んで話を聞くことだ」(同書123ページ)
と、知の巨人が提案しておられます。
その提案の根拠が上のような計算やミトコンドリアの話でした。

 「今上天皇」を使うのもやめませんか?
やさしいバイオテクノロジー 血液型や遺伝子組換え食品の真実を知る (サイエンス・アイ新書)

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